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コラム『講師控え室』

 

人材育成の新聞『ヤアーッ』より

2014年12月号「講師控え室 70

 

小中学生で運動の大会に出て賞を競う子はほんの一握りで大多数は“一番になれない子”である。この一番になれない子に劣等感を持たせないため(幼い心を傷つけてはならないという大人の配慮から)、その子なりの「達成感」を味わわせる仕組みが工夫されている。朝日新聞のデジタル記事に「体育の持久走で順位やタイムを競う方式がなくなってきた。二十分間に走った距離を一人ひとりが毎回足し算し、自分の目標をどれだけ達成できたかを評価する仕組みだ。体育系の部活に携わってきた千葉県内の公立中学校長は、ここ数年感じている。『無理してでも頑張るという風潮は平成十年くらいまで。《本人が気持ち良く運動できるようにしてほしい》という保護者の声が強く、学校現場でもそうした方向で指導する流れになっている』と話す」とあった。

ついにここまで日本は堕ちたかと思ってしまった。この記事を、用心深く肯定も否定もせずに記載している賢明な朝日新聞には呆れるしかないが、この現状を良しとする学校は一体何を考えているのだろうか。

かつて「二番じゃだめなんですか」といった議員もいたが、なぜ一番を目指さないのか。このほうが大いに疑問である。

一番を目指すから努力をし、レベルが上がる。トップを行く選手の背中を見て、追いつけ、追い抜けと歯を喰いしばって努力したから、日本は技術大国、経済大国になることができた。それが今は中国や韓国、他の先進国に技術を盗まれ、日本はずるずると順位を落としている。

危機ではないのに危機感を持てというのは無理がある。ハングリーでないのにハングリー精神になれというのも難しい。豊饒の地で豚のようにぬくぬくと太った人々に「戦え!」と言っても乗ってこない。「何言ってるの、この人」と白い目を向けられる。私たちは滅びの道を歩いている。迫りくる滅び恐怖に耳をふさぎ、「そんなことあり得ない」と自分に言い聞かせて日々の安楽にすごしている。

なぜか。答えは明白。競争の原理が日本から失われたから。前述のような、一番を目指さない教育が蔓延り、「みんな仲良し」の教育が主流になったからである。それにより、日本が後れをとっても何も感じない人が増えたからである。

日本の政治に不満を持っている一般市民が多くいる。しかし今の日本を悪くしているのは政治ではない。一般市民の意識、つまり常識である。

大事なのは、政治ではなく「人」である。「何が何でもてっぺん取ってやる」とうい競争の原理が、日本を再生させる鍵ではないだろうか。(横谷大輔