アイウィル 社員教育 研修日程

コラム『講師控え室』

 

人材育成の新聞『ヤアーッ』より

2017年4月号「講師控え室 97

 

般若心経の暗唱ができるようになった。始めたばかりの頃は「覚えることができるのだろうか」と不安になった時もある。今ではその思いも懐かしい。

経営者養成研修の課題の一つに「写経」がある。手に筆を持ち、墨で般若心経を書き写す。

この課題の目的は二つ。第一に、精神を落ち着かせて何事にもとらわれない心を作ること。第二に、筆で字を書くことに馴染むためである。

般若心経を覚えるまでは、正直に言うと「なぜ筆で書く題材がお経なのだろう。他にもっと親しみやすい材料があるのでは」と疑問に思っていた。

覚え始めの頃、「難しい」「なかなか前に進まない」と悶々としていた時、カミサンが言った。「うちのお母さんは確か般若心経を覚えていて、よく仏壇の前で唱えてたよ。覚え方を教えてもらったら?」。

正月に親戚一同が集まった時、カミさんのお母さんに般若心経の話を切り出した。七十過ぎの義母は、何にも難しくなかった。苦労した記憶などないという表情で答えた。

「ウチの父さんが亡くなった時からだから、もう二十年以上経つかねえ。誰だったか、父さんの前で唱えてくれた人がいてね。カッコいいなって思ったのが最初のきっかけだったかね。それから毎日唱えているよ」。

私は自分のものの覚え方が恥ずかしくなった。もともと般若心経は社内で暗唱のテストを行うことが決まり、そのテストに合格するために覚え始めたのがきっかけだった。つまり強制、強迫観念からである。いや、きっかけは何でもいい。その後に「覚えるのが難しい」「どうやったら早く覚えられるのだろうか」「自分だけできなかったらどうしよう」とマイナス思考が先行してしまった。

義理の母は、最愛の夫を亡くした。よそから見ても、そのおしどり夫婦ぶりはよく伝わってきた。大切な人を失った悲しみは、どんなことをしても消せるものではないし、ごまかせるものでもない。その果てに、今自分にできることが一つ見つかった。

それが仏壇の前で手を合わせ、般若心経を唱えることだった。いつの間に、本当に意識もしないで口が勝手に唱えるようになってしまったのだろう。私は「どうやって般若心経を覚えたのですか」などと質問をしなくてよかったと思った。

「リーダーシップ三誓」の暗唱は文字を目で追ってぶつぶつつぶやいてもできない。大きい声で何度も読めば、読まなくても口が動くようになると教えている。こう教えている講師の私が、対象が“お経”に変わっただけでウロタエて足踏みしたのは恥ずかしい。 (浜中孝之