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コラム『講師控え室』

 

人材育成の新聞『ヤアーッ』より

2018年8月号「講師控え室 112

 

今年、地域の班長の当番になった。

持ち回りで担当する近所の十世帯ほどの班長である。

正直、めんどうだなと思っていた。近所付き合いなど挨拶程度の家も多く、何かと訪問するのは気が乗らなかった。しかし当番制で十年に一度だし、仕方ないと思った。

四月から始まったが、だいたい月に一度は同じ班の家に広報を届けたり、集金に行ったりした。そこで驚いたのは、人々の温かさである。たいして近所付き合いのない私に対して、「ご苦労様。大変ですね」と声をかけてくれる。「じゃがいも持って行きな」などと、自分の家で育てた野菜をくれる家も。

ほとんどの家が、この地域に長く暮らしている年輩の方ばかり。昔ながらの地域のつながりを大切にしている。

私は最初はめんどうだった。自分が家で対応する側だった時も、素っ気ない対応しかしていなかった。訪問する側になった今も気が乗らなかった。しかし、ここにはごく自然な人間的なつながりがあった。人の心の温かみを感じた。

ある日曜日の夕方、広報を持って行くと、庭先で他の近所の人も集まってお茶をのんでいた。ほのぼのとした雰囲気で、そこだけゆっくり時間が流れていた。「一緒にお茶でもいかが」と声をかけてくれた。

私は恥ずかしかったが、少しだけご一緒させてもらった。この辺の地域の話や、祭りの話などを聞いた。協力しながら助け合っている。良い関係だと感じた。

この地域に住んで十年近くになる。それまでたいして近所付き合いもせず、この温かい人間関係に触れることなく過ごしてきた。

今回、班長という役割をしなければ分からなかっただろう。いつのまにか個人主義の時代に、どっぷり浸かっていた。自分さえよければ、自分の家族さえよければ…。そういう生活をしていた。

マンションでは二軒となりの家で老人が孤独死、などというニュースも流れる。近所付き合いどころか、となりに誰が住んでいるかさえ知らない時代である。自分のことだけを考える人間ばかりで、気に入らなければ苦情を言う。時には事件になるほど近隣トラブルがある。

日本には昔から、地域社会で助け合い、誰かのために、みんなのためにというすばらしい人間関係があった。今は自分さえよければ、という個人主義。自己中心の考え方がほとんど。

今回、地域社会の温かさに触れなければ、私も自分勝手な個人主義に浸かったままだった。深く反省した(兼頭康二