アイウィル 社員教育 研修日程

染谷和巳の『経営管理講座』

 

人材育成の新聞『ヤアーッ』より

 

「経営管理講座 321」   染谷和巳

 

 

笑いごとではない

経営管理講座

 

先号は夏バテ気味で、さすがの頑固爺〈じじい〉も「笑うしかない」と萎〈な〉えていたが、秋風が吹いてようやく気力快復。忙しい皆様が「えっ、何? 大した問題ではないではないか」とやり過ごしてしまいそうなことに「大変だ、このままでは子孫が不幸になる、笑いごとではないぞ!」と叫ぶ。

 

 

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ゆとり教育の遺物漢字配当表

 

「学力調査で出題ミス 習っていない可能性」という意味不明の見出し記事が目についた。短い文なのでそのまま載せる。

★都教育委員会は18日、都内の公立中学の2年生を対象に、先月2日に実施した都独自の学力調査「児童・生徒の学力向上を図るための調査」の国語の問題に出題ミスがあったと発表した。漢字の読みを聞く4問のうち、「担(かつ)いで」「本望(ほんもう)」「省(かえり)みる」の3問について、まだ習っていない可能性があった。

学習指導要領に照らすと、漢字自体は小学校で習うが、出題された読み方については、高校や中学3年までに学習させることになっており、出題者が勘違いしたという。都教委は「学力を分析するデータとしては不適切」として、この3問を除外した上で、正答率などを算出する方針。(八月十九日・産経新聞)★

文科省、教育委員会、教育庁そして現場の学校は今だに“こんなこと”を大まじめに行っている。笑いごとではない。

これが大問題であることを解ってもらうため、もう一つ引用する。先号東武動物公園発・田口静香の一文である。

☆ ☆ ☆

漢字学習は学校で行われる。文科省は「学年別漢字配当表」を定めている。学年ごとに教わる漢字が決められているのだ。まず「読み」から教わり、「書き」は次の学年で覚えればよいことになっている。

たとえば「建物」。

建築物のこと。「建物」と書かれていれば、自然とビルや家などをイメージする。しかし配当表により「物」を三年で教わり「建」は四年まで先送りされるのでとりあえず「たて物」と書く。

「建」と「物」をワンセットで覚えないので「建築物」のイメージができない。家やビルを「立物」と書いて違和感を覚えない。

つまり漢字に対する感性が育たない。大人になっても平気で「気づつく」「週慣」「新切」「暗気」など書くようになる。

漢字は「音」だけでなく「意味」を伝える。ひとまとまりの意味を持つ言葉を漢字とかなに分けることで理解を分断することになる。学習の負担軽減どころか、むしろ漢字への興味を失わせ習得しにくくさせてしまう。

☆ ☆ ☆

田口は「読み」と「書き」の学年別配当の弊害を指摘している。新聞記事は「読み方」も学年別配当を行っていることを報じている。

小学校で担(たん・になう)、望(ぼう・のぞむ)、省(せい・しょう・はぶく)は教えるが担〈かつ〉ぐ、本望〈ほんもう〉、省〈かえり〉みるといった読みは高校や中学三年までに習うことになっており、中学二年のテストに出題してはならない問題だったということである。

小中学校で習う常用漢字二一三六字は一字一字、読みと書きをいつ習うか決められている。書きは読みの一年後であり、読みでもこのテストのように違う読み方はもっと上級に進んでから習う。

中学二年生でこの三問の読みができた生徒はいたろう。優秀である。しかし三問はミスとして除外され、正解者は認められない。

児童の作文に先生の赤ペンで「これはまだ習っていない漢字です。注意しましょう」と書いてある。親は漢字で書いた我が子をほめたが、先生は「いけません」と指導する。

こんな神経衰弱ゲームのような漢字配当を誰が始めたのか。

日本語は優れた言語である。漢字の読みにひら仮名で振り仮名がつけられる。英語にも中国語にも振り仮名はない。

私は小学校五、六年の時、少年少女向けの雑誌「譚海〈たんがい〉」を読んだ。古本屋で一冊十円だった。探偵もの、冒険もの、根性もの、時代小説、西部劇など何でもありの雑誌である。著者は横溝正史、野村胡堂、江戸川乱歩、山岡荘八、山中峯太郎など。駆け出しの作家の凌ぎの場であった。子供向けだが作者は漢字を自由に使った。出版社は漢字に全て振り仮名をつけた。

“よい子の本”より「譚海」(昭和二十四?二十九年の五年間刊行)を読む子供は少なくなかった。

学校の教科書も児童図書も漢字を自由に使って振り仮名をつければいい。こんな簡単な解決法があるのになぜ実行しないのか。

 

 

理科離れの原因は国語力低下

 

小学六年生の八〇%が「理科が好きでよく解る」と答えているが中学三年生は六〇%に減っているという調査結果が出た。

国は“理系”の拡充を目指している。国立大学は文系学部を廃止して理系一本に絞る方向にある(文系は私大に任せる)そうだ。

理科嫌い、理科離れがすすめば、国の教育の大方針が崩れる。大問題である。

原因ははっきりしている。小学校の理科の授業は実験で魔法のように色が変わり煙が出るのを見ることができるからである。

中学三年生となればこうした体験型授業は減り、理論や公式が主になる。面白くない。そのため嫌いになる。

識者は「幼少期の工作や砂遊びなど、生活体験の不足が理科離れにつながっている。子供の探求心をくすぐる工夫が必要」と述べているがピントが外れている。

全国学力テストの中学二年生の問題。

「五%の水溶液一〇〇グラムつくるのに必要な水と食塩の質量を答えよ」。

この問題の正答率は四六%。半数以上の生徒が正解できていない。

この問題が解けない半数以上の生徒を理科好きにするのに「幼少期に不足していた工作をさせる」「探求心をくすぐる」は無力であり時間のむだである。

理科嫌いになった原因は国語と算数の基礎ができていない点にある。

「五%の水溶液一〇〇グラム」の意味が解らない。問題が解けなければ答が出てくるはずがない(正解は水九五グラムに食塩五グラムである)。

なぜ問題が解らないか。言葉が解らない。学校の国語軽視、漢字配当表制度のせいである。もちろん算数、数学も理科には大事であるが、%などの割合や方程式などの数式も、教科書や教師の言葉による説明がなければ理解できない。理科離れは漢字離れが原因なのである。

理系の優秀な学生をふやしたいなら、中高生の理科嫌いを減らしたいなら、科学博物館や宇宙ロケットになじませても効果はない。小学生の時から漢字と漢字を使った文章にたっぷり、どっぷり浸からせることである。

 

 

安倍総理!もう一つ大仕事を

 

子供が夢中になっているゲームは子供の頭にスピードと暴力を容〈い〉れる。言葉はない。頭に言葉がふえないから思考力が育たない。文章を理解して考えを進めることができない。

かつて子供は外で遊び、親の手伝いをし、それ以外の時間は本を読んだ。読書好きでない子でも先生や親が「読め」と言う本は最低読んだ。これにより自分で考え自分で決めることができる大人になった。

現在、学校によっては読書の時間をとっている。文科省は道徳の授業をするようだが、優れた教科書は期待できない。ならば日本と世界の文学作品を読ませればいい。原文そのまま。漢字に仮名を振り、難解な用語は解説をつける。

昔の子は「論語」などを素読した。意味も解らないうちから振り仮名つきの漢文を読んだ。それを書き写して覚えた。

知覧の特攻兵の手紙を見ると感動する。内容もさることながら二十歳に満たない青少年の字のうまいこと。文章の優れていること!

一人二人ではなく全員が、私など足元にも及ばない立派な手紙を書いている。当時の学校教育が優れていたのであろう。

日本が技術大国になれたのも、日本民族が優秀だと評価されるのも、こうした過去の国語重視の学校教育と子供の時から無制限に漢字に接する環境があったからである。

子孫のため、百年後の国のためである。

①「漢字配当表」制度を全廃する。

②道徳の授業は読書の時間にする。

③本は原作に限る。漢字に振り仮名。やさしく書き改めるのは不可。

この改革は総理大臣にしかできない。

これが問題になると国会の前で「安保拡大法案」に反対するデモが行われたように反対運動が起きる。大学教授はまた安倍総理を「ばか」と罵り、子供の人権を守る会や母親たち、なんでも反対の民主党共産党の面々が大声を張り上げる。子孫のため、国のためのこの大問題の大改革は安倍総理にしかできない。