アイウィル 社員教育 研修日程

染谷和巳の『経営管理講座』

 

人材育成の新聞『ヤアーッ』より

 

「経営管理講座 323」   染谷和巳

 

 

日本の会社の経営学

経営管理講座

 

十五年前の『上司が鬼とならねば部下は動かず』は爆発的に売れて今もまだ書店に並んでいる。以来「鬼」のタイトルの本を続々出した。しかし一作目のように部数が出たものはない。この秋十冊目『ザ・鬼上司』を出した。これが最後、「鬼」のラストランである。やはり線香花火だろうな。

 

 

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男の青春は四十後半から十年

アメリカの田舎詩人サミュエル・ウルマンの晩年の作品「青春」は死後に“発見”されて世界に広まった珍しいケースである。

会社の社長室などに岡田義夫訳の「青春」が額に入って飾られているのをよく見る。昔、経営の神様といわれる松下幸之助がこの詩をほめ讃えた。それもあって経営者たちによる「青春の会」の運動まで起き、みなに知られるようになった。

「青春とは人生のある時期をいうのではなく、心のあり様をいう」で始まり、情熱、意志力、思考力などが青春の証しであり、八十歳の青年もいると説く教訓詩である。

九十四歳でなくなった松下幸之助は、八十六歳の時に私財七十億円を投じて松下政経塾を作った。国の将来を憂い国を救わんとする情熱的行動である。青春まっさかりである。

幸之助は一番多い時で妾が十一人いたという。社員が知っている公然の秘密だった。

台湾のクラブでホステスたちをキャーキャー笑わせて大声で猥談〈わいだん〉を続ける爺さんがいた。

そこに居合わせた社長が「誰だあいつは」と聞くと松下幸之助だという。「いつもあの調子です」とホステスは言ったという。私はこの話をこの社長から直接聞いた。いくつになっても青春である。

八十歳近くで十七歳の少女に恋こがれてプロポーズしたゲーテや幸之助のように年齢に関係なく、「死ぬまで青春」の人はいる。偉いなと思うが、これは稀であり一般的ではない。

普通の人は八十、九十になれば心身とも老いる。命の灯はしだいに小さくなっていく。自分が身に付けたものを次世代に引き継いで退場する。これが動植物などの自然界の掟である。九十になってなお“お盛ん”な人を見て、真似ようとしても心身が動いてくれないのが普通の人である。

私はウルマンの説に反対である。私は「青春とは人生の一時期をいう」と断言する。青春時代は決まっているのである。

十代後半から二十代ではない。ここは肉体の成長期のピークでありスポーツ選手などの青春だが、一般人の青春とはいえない。

現代の日本人の青春は四十代後半から五十代にかけての十年間である。

この時期、心身ともに充実しいい仕事ができる。その人の人生のピークである。大輪の花が咲く。

この時期に青春を謳歌できない人は若い時に遊んでいた人、努力しなかった人、苦労から逃げ回った人である。こうした中に七十過ぎてピークを迎える遅咲きの人もいるが例外といえる。

二十代、三十代は仕事を覚え能力を伸ばす時である。未熟なのだから親方にどなられても耐えなければならない。無理だと思っても「できない」と逃げてはならない。「私がします」と手を挙げて困難に挑戦する。辛〈つら〉くても泣き言を言わず“根性”で乗り切らなければならない。我慢、忍耐、努力の時である。隠忍自重〈いんにんじちょう〉、雌伏〈しふく〉の時である。

この蓄えたものが満を持して一気にほとばしるのが四十代後半である。

「人生の春、青春は十代二十代の頃をいうのではない。知識も経験も足りない青二才をどうして青年と呼べよう。男が最も力を発揮する時、活力みなぎり大きい仕事を成しとげる時、それは四十代後半あたりからである。人によって多少の誤差はあるが大半の人にとってこの時期が青春だ!」

ウルマンは七十八歳の時「青春」の詩を書いたそうだが七十四歳の私ならこのように書き始める。

 

 

 

青春プレイバック『ザ・鬼上司』

 

自分で本を出すと気になることが三つある。

①読んでくれるかどうか

②どの程度売れるか

③評価、感想は

九月に『ザ・鬼上司』(プレジデント社)が出た。私の本は大体二二〇ページ前後だが、これは二九〇ページで「こんな社員になりなさい」(C&R研究所)の三二五ページについで厚い。文字数では断トツである。

読んでくれた方の評価はどうか。

「ベリー・グッド」(日高見一位積算事務所・時松社長)

「本の題と内容が合っていませんね。『新帝王学』ですね。最後のほうは何だか遺書みたいですね」(旭紙工・橋野社長)

「言霊の結晶です。赤線を引きながら読みました。今後、繰り返し読み返す本になるでしょう」(システム・ジャパン・亀井社長)

「『上司が鬼とならねば部下は動かず』もいいですが、こっちのほうが私とピッタリ考え方が合います。もっと前に出してくれればよかった」(日本化工塗料・大西社長)

「うちの幹部管理者のための内容です。三十六冊注文します」(天昇電気工業・石川社長)

「五十冊サインしてください」(ジャスティン・鈴木会長)

「幹部だけでなく正社員全員に読ませたいので百二十冊購入します」(タイム技研・丹羽会長)

「『新帝王学』を何十回も聴きましたから、思い当たる文章が随所に出てきてなつかしかった」(武心教育経営塾・近藤塾長)

読まない人はもちろん、読んでも何も言ってくれない人が大半だから、このように著者に直接感想を言ってくれる人は手を合わせたいほど有難い人である。

また相手のいい所を認めて琴線に触れる適切な言葉でほめることができる人は優れた指導者である。これができる上司は部下やまわりの人から尊敬される。私も、人の欠点より長所に目が行く人になりたいものである。

この本は近藤塾長が「新帝王学をもとにしている」と言い、橋野社長も「私は新帝王学を百回は聴いたから今でも一言一句全て覚えている。その文章が出てくるのでいい復習になる」と言っていた。

㈱アイウィルは昭和六十三年六月設立だが、設立前の四月から六ヵ月間かけてオーディオ教材「新帝王学」を作り、十月初めから販売した。

当時はバブルの最盛期で中小企業でもお金が十分あった。一セット十八万五千円の教材を買ってくれた。B社の大槻社長は「むだにはなるまい」と購入したが、棚の上に置いたままで、五年たって初めて開けてみたという。テキストを読んで「なぜか涙があふれてとまらなかった」と後に大槻社長は述懐した。

四十七歳の時の作である。脂が乗り切った“青春”の時である。

私は本を何冊か出している。十五年前に出た『上司が鬼とならねば部下は動かず』は今も売れている。『社長は鬼の目で人を見抜きなさい』は日本文芸アカデミー大賞を受賞した。ビジネス書では稀有のことである。

こうした中で私が最も自信を持っているのが非売品の『新帝王学』である。

累計で約千社が採用、ここ十年は一年間二、三社が購入。商品寿命はとっくに尽きており販売を中止した。

「書店で売る本に作り直してください」という声があがった。

限定されたお客様対象の教材である。会社相手の電話セールスによる一本釣りの商品である。それも二十八年前のもの。知る人は極めて少ない。

よし! 書き直してみよう。時代に合わない所は削除し、今も変わらない原理原則は残す。こうした経緯でこの本は出た。私の青春のプレイバックの一冊である。

 

 

 

捨てて忘れてはいけないもの

 

タイトルは「小説中小企業・日本的経営の特性」だった。出版社が『ザ・鬼上司』にした。内容は「日本的経営」の一本道である。

何でも簡単に捨ててしまうのが日本人の悪い癖。「日本的経営」は使い古された言葉だが捨ててはいけないものであった。

日本的経営の源は石田梅岩の石門心学である。心学などというと何か難しい学問のようだが、一言で言えば「倹約と勤勉によって家の繁栄と存続をはかる」で私たちの生活に溶け込んでいる考え。

松下幸之助は石門心学の徒であり、現役の時「リストラはしない」と断言した。また松下政経塾を作って次代を担う青年に石門心学を学ばせた。

今春、トヨタのアメリカ人女性重役が麻薬を持ち込んで騒ぎになった時、豊田社長は「家族ですから必ず守ります」と述べていた。結局守りきれず女性重役には退任してもらったが、大トヨタも日本的経営の柱「家意識」で経営を行っている。

欧米の会社は「成果、能力、個人主義」の経営を行っている。そうした中にあって日本的経営は孤高の輝きを放っている。会社の社長や幹部のみなさんがこのすばらしい“土台”を見直してくれれば幸いである。