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染谷和巳の『経営管理講座』

 

人材育成の新聞『ヤアーッ』より

 

「経営管理講座 334」   染谷和巳

 

 

悪法も法ではあるが

経営管理講座

 

日本の会社は社員を大事にしている。アメリカや中国の会社とは違う。そこへ「もっと給料を上げれば生産性が上がる」という王様の声。賃金アップすれば生産性が上がるなら会社は無理しても行う。会社の理解を得るため政府は「働き方改革」という耳に心地よい法案成立を目論む…。

 

 

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民意重視の立法は破綻を招く

 

法律は社会を変える。よい法律は社会をよくし、悪い法律は社会を悪くする。

民主主義の国では国民の賛成を得て新しい法律ができる。国民の多くと代議士が「よし」と判断して法律を制定する。しかし施行されて実際に法が適用されると不都合不備欠陥が露呈して“悪法”だったと判る。しかし「失敗でした。廃法にしよう」と短期間で終焉することは滅多にない。作るより廃止するほうに何倍もエネルギーが要るからである。

ピュア(正義)とクリーン(正義)をこよなく愛するアメリカ合衆国で「禁酒法」が行われた時期がある。

酒は人を狂わせ怠け者にし犯罪の原因になる。アメリカ各地に禁酒協会、禁酒党、反酒場連盟などができ、禁酒運動がじわりじわりと広がり根を張り、ついに一九一九年連邦議会が「禁酒法」を可決施行した。

酒類一切の製造販売が違法となった。かくてアメリカ国民は一滴も酒を飲まなくなった…。というならメデタイが、酒は人間が原始時代から薬としても愛飲してきた飲み物である。絶滅は不可能。

カナダ、メキシコ、キューバなど近隣国の酒造業は活況を呈し有卦〈うけ〉に入〈い〉った。輸入も販売も違法だからその任をマフィアが受け持った。マフィアは太りに太り、大都市シカゴを牛耳る巨大な勢力になった。これが禁酒法の結果であり、密造酒は高値で売られ、バーや飲み屋は入口の明りを少し落として毎日営業していた。質朴敬虔〈しつぼくけいけん〉なキリスト教徒の“誇り高き実験”は失敗。一九三三年禁酒法廃法。

社会を変える法律の制定には大局観先見性を有するエリートが必要である。エリートを欠いた“民意”で決めると失敗する。

国民投票によりEU離脱を決めたイギリス。数年後、その国民が「何てばかなことをしてしまった」と頭を掻きむしる姿が目に浮かぶ。

韓国で施行された「接待禁止法」(日本にも「売春禁止法」という悪法があるが)。飲食接待は三万ウォン(約二七〇〇円)、贈り物は五万ウォン、慶弔〈けいちょう〉費は十万ウォンを上限とする、違反すれば罰金刑と決めた。

これに違反する行為を通報し、その事実が認められた場合、密告者に最高で二億ウォン(一八〇〇万円)の褒賞金を出す。

現在世界では警官にソデの下を渡せば軽犯罪を見逃してくれる国が大半である。そうした中で贈収賄や汚職の庶民レベルの分野を取締まる法を施行したのは見上げたものである。

検察官、学校教師、医師、ジャーナリストに、よくしてもらうため金を包む。恩人に贈り物をする。お客様に飲食の接待をする。その金額は相手による。高級料亭があれば焼き鳥屋のこともある。

アタリマエじゃないか。「義理人情恩恥恕〈じょ〉」の儒教的文化はすたれつつあるとはいえ、まだ日本でも健在である。儒教の本家「長幼の序」を重んずる韓国が、接待と贈り物を「文化」とまで言うのは正しい。

会社がお客様や影響力のある官僚政治家を接待するのも当然。しなければ不自然で会社が損をする。個人も同じ。子供の進学先を左右できる先生にお金を入れた封筒を渡して「お願い」するのは当然。しなかったばかりにお金をくれたほうの生徒を優遇することがある。それを知っているから親は頭を下げて封筒を渡すのである。

韓国の革命的新法、正式には「不正請託〈せいたく〉および金品等授受の禁止関係法」は、アメリカの禁酒法と同じ運命をたどるだろう。国民の六六%の賛成を得て成立したそうだが、その賛成した人々が困り果て、法の目を潜って、犯罪者の気持ちで陰でこっそり接待贈り物をするようになるだろう。

 

 

 

日本的経営を阻害する二法律

 

笑ってはいられない。日本も民意に添って悪法を作ってきた。

平成十一年(一九九九)の男女共同参画社会基本法、平成十七年(二〇〇五)の個人情報保護法である。

男女共同参画社会とは男も家庭で家事育児をしなさいということで、男女は全て平等、男らしさ女らしさをこの世から一切なくすことを理想にしている。

夜遅くまで仕事をして家に帰る時間が遅い社員、単身の長期出張が頻繁にある社員、こうした社員がいる会社は監督官が“指導”に出向く。「もっと早く家に帰してください」「出張は五日以内の短期にしてください」もし従わなければ“問題の会社”として官報に社名を公表すると脅す。

優良企業をブラック企業として糾弾する。この法律を社会に敷衍〈ふえん〉しようと県や市の役人は「ジェンダーフリー」の旗を掲げて張り切っている。

個人情報保護法は、人権屋が総力を挙げて成立に漕ぎ着けた法律である。会社は面接で応募者に家族の職業や年齢まで聞けなくなった。知りたければ一人当り十万円払って調査会社に依頼するしかない。

最近はこんなことを意に介さない剛の者が「お父さんはサラリーマン? どこに勤めていますか」と聞くと若い応募者は不信な顔をして「そんなこと関係ないのでは」と反発するまでにこの法律は周知された。社長や上司は社員のプライバシーについて質問もできなくなった。

もともとは部落出身者や三国人など差別で不利益を被る人の知られたくない“情報”を保護する目的で作られたのだが、拡大解釈が進み、秘密でも何でもない住所や年齢などまで法律で保護されるようになった。人間関係に距離ができ、コミュニケーションがぎくしゃくして、日本的経営の美点である家族的結合が消えていった。

私だけでなく経営者の多くが「こんな法律はないほうがいい」と思っているが、人権尊重の運動家の力は民意を盾にしているので想像以上に強力で、今後さらにこの二つの法は網を広げ威力を増して行くことだろう。

 

 

 

誰のための働き方改革なのか

 

国会は立法府だから、国のため、国民のためにつぎつぎ新しい法律を作る。今安倍内閣が力を入れているのは「働き方改革」法案である。

俎上〈そじょう〉にあるのは①同一労働同一賃金制(年功序列型賃金カーブの是正)②長時間労働の改善(残業時間法の見直し)③パート、アルバイトなど非正規社員の処遇改善④外国人労働者の活用⑤人材を採用する際、人材仲介業者に払う手数料に助成金を設ける案、などである。

一つ一つの説明感想は後日に回すとして、結論は「ああ、またか、よせばいいのに」である。

先般安倍総理は「女子力、女子力」と言い、女性起業家支援制度を発足させた。女性が事業を起こす際、国や県が一定額の助成金を出し、また無利子の貸付金を出す制度である。奮起する女性を応援するわけだ。

まるで電車の女性専用車やシングルマザーの子供手当て金制度と同じ女性優遇の発想である。こんなに手厚く保護されれば日本女性の女子力は劣弱化し輝きを失うのが解らないのか!

安倍総理は「改革のポイントは働く人によりよい将来展望を持ってもらうことだ」と会議で言ったそうだが、私にはこの主張のイミがよく解らない。

働く人のための働き方の改善を会社に求める改革のように見えるが、本当の目的は別にある。

「賃上げ」である。

働く人の所得が上がれば個人消費が活性化する。個人消費が伸びれば経済全体が底上げされ活況を呈する。よって働く人の給料を大幅にアップすべし、である。

給料がよくなれば消費が伸びる。この説がまず信じられない。消費が伸びればデフレを脱却できる。今ではこれも信じられない。

会社は儲けをイザという時のために内部留保する。景気の浮沈は激しく、内部留保がなければ乗り切れない。社員は家族であり、社員と社員の家族の生活を守らなくてはならない。儲かったからといって浪費したり危険な投資には回せない。同様に社員も給料が上がったらひとまず貯蓄する。急がない物の購入に当てる人はいない。

現在のデフレで日本の会社も社員も何も困っていない。

困っているのはアメリカなど日本への輸出不振に悩む国々である。

アメリカ主導のIMF(国際通貨基金・本部ワシントン)が「日本のデフレは賃金の伸び悩みが一因である。政府は企業に賃上げのガイドラインを示すべし」と提言した。これに対して「はい、かしこまりました」と答えて考え出したのが“働き方改革”である。

働き方改革は社員のためではないし日本的経営を行う会社のためでもない。日本国のためでもない。ヨソの国のためなのだ。