アイウィル 社員教育 研修日程

染谷和巳の『経営管理講座』

 

人材育成の新聞『ヤアーッ』より

 

「経営管理講座 337」   染谷和巳

 

 

上司の人間性が問題

経営管理講座

 

かの出光〈いでみつ〉同様、当社もタイムカードなし、定年制なし。合宿時、講師は朝六時から夜中までの長時間勤務があるが残業代はゼロ、有給休暇の消化や長時間労働でもめたことはない。だから長時間労働削減問題でトヤカク言うことはないのだが盟友中小企業のためを思うと黙っていられない。

 

 

    PDF版は右の画像をクリック⇒

 

鬼十則の削除は腑に落ちない

 

二十八歳の時小さい雑誌社の編集長をしていた。

社長は四十前後の女性で、町を歩けば人が振り返る容姿の持ち主だった。色仕掛けで直接広告を取ってくるという噂もあった。

代理店は電通。担当者は油ぎった中年男でノックもせずいきなり入ってきて「社長、いる?」と聞く。経理の女性が社長の予定を言うと「そう」と言って出て行く。編集員は私を含めて四人いるが、挨拶がないだけでなく、完全無視。

横柄で尊大。こんなのが上司だったら私はすぐに会社を辞めるだろうと思った。

たまたま社長に遭遇すると、別人のように相好を崩し、よだれをたらさんばかりにゲタゲタ笑って阿〈おもね〉る。

私たちは「あいつ、社長にイヤがられているのがわからないのかね」と話した。社長は仕事のために一夜を共にしたが、二度とご免と思ったのだろう。体よくあしらい、機嫌を損ねないよううまく逃げている。それに気付かず男は「もう一度」と追いかけている。

私は部下に「電通マンだからね、鬼十則が染み込んでいる。自信を持て、自信がないから君の仕事には、迫力も粘りも、そして厚みすらない、だ。Kさん、厚みあるだろ、自信満満だ。だが人間性に問題がある。鬼十則の上っ面だけ身につけたからだ」と言った。

当時「鬼十則」は各会社が社員教育の教材として借用していた。

「こうせよ、さもないと…」という脅迫文の語調は好きになれないが、「迫力も粘りも、そして厚みすらない」「でないと君は卑屈未練になる」などは胸に響いた。

鬼十則は電通の中興の祖といわれる四代目社長吉田秀雄が昭和二十六年(一九五一)に、社員向けに作り、以後社員の仕事に取り組む心得として、社員手帳に掲載して受け継がれてきた。

鬼十則

一、仕事は自ら創るべきで、与えられるべきではない。

二、仕事とは、先手先手と働き掛けていくことで、受け身でやるものではない。

三、大きな仕事と取り組め、小さな仕事はおのれを小さくする。

四、難しい仕事を狙え、そしてこれを成し遂げるところに進歩がある。

五、取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは…。

六、周囲を引きずり回せ、引きずるのと引きずられるのとでは、永い間に天地のひらきができる。

七、計画を持て、長期の計画を持っていれば、忍耐と工夫と、そして正しい努力と希望が生まれる。

八、自信を持て、自信がないから君の仕事には、迫力も粘りも、そして厚みすらない。

九、頭は常に全回転、八方に気を配って、一分の隙もあってはならぬ、サービスとはそのようなものだ。

十、摩擦を怖れるな、摩擦は進歩の母、積極の肥料だ、でないと君は卑屈未練になる。 以上

電通はこの鬼十則を二年前に社員手帳から削除し、今年から新人社員手帳からも削除する。

「殺されても放すな」の一文が過労死、過労自殺の温床になると解釈したからである。また「内容が古い、時代に合わなくなっている」からだそうである。

内容は不偏の真理であり、個人主義が行き過ぎて自己中心がはびこる現在こそ必要な節理である。殺されても放すなは、食らいついたら放すなを強調した言い方で、社員の過労死とは全く関係ない。

電通はマスコミをお客様にするサービス業なので世論には逆らえない。それで抹消したが、社長の辞任には納得できてもこの安易な迎合の姿勢は腑に落ちない。

 

 

疲労回復の時間と場があれば

 

「命より大切な仕事はない」が合言葉となって広がり「長時間労働は命に関わる問題であるから法規制を急ぐべし」の声が強まり、厚労相を本部長とする長時間労働削減推進本部が設けられ、昨年末「過労死ゼロを目指す緊急対策」を発表した。

その緊急対策とは、残業時間を過少申告していないか会社に実態調査をさせる。複数の精神障害の労災認定があった会社や過労自殺があった会社は労働基準監督署が個別指導や一年間の継続指導を行うなどである。

法で規制していろいろ対策を立てるのはいいが、これで目的は達成できるか、過労で死ぬ人が本当にいなくなるか。

その前に「長時間労働は命に関わる問題」と「命より大切な仕事はない」という大前提は疑う余地のないものなのか。もしこの大前提が間違いなら、対策は無駄あるいは見当違いになる。

結論から言うと大前提つまり土台は、らしく見えるだけで堅固ではない。腐っているとまでは言わないが、上に建物は建たない。いろいろな対策は砂上の楼閣となり効果なし。「こんなはずではなかった」と厚労省が数年後頭をかくのが目に見えている。

命は種族保存のために尊いと前に述べたが、命より大切な仕事は本当にないか。

人が命をかけるに値するものはいろいろある。愛、義、公などである。命より大切な愛はある。命より大切な義はある。命より大切な公はある。人は愛に命をかけて死ぬ時がある。人は正義や義理を優先しておのれを犠牲にする。人は公に奉ずるために命を投げ出すことがある。

人は強い子孫を残すため、よく働き、よく食べて丈夫な心身を維持しなければならない。そのためより多く稼ごうと頑張る。

一所懸命という言葉がある。一つ所に命をかけるという意味で、初期の武士層が自分の領地を命をかけて守ったことに由来する。

領地を失えば生きていけない、だから命がけで戦う。これは武士道精神の端緒であった。

命より大切なものはいろいろあり、命より大切な仕事もある。

長い歴史を見ても、命よりも仕事(任務)を大切にして成功した人、名を残した人は多い。もちろん自分の命を惜しんで仕事を捨てた(逃げた)人はそれ以上に多いが、こうした人もただ勇気がなかっただけで、「命より大切な仕事がある」ことは理解していた。

過労死、過労事故はあるが過労自殺は存在しない、自殺は犯罪であると前に述べた。

「疲労は罪悪である」。哲学科の学生だった頃の私の頭に浮かんだ唯一の“思想”である。

疲れると頭の働きも行動も鈍る。ミスをする、遅れる。事故を起こす。組織では足手まといになる。対人関係ではイライラし、ヒステリーを起こし、度を超せば暴力を振るう。

疲れた状態のままでいれば人に迷惑をかけ、社会の厄介者になる。疲労はすみやかに回復しなければならない。疲れている人が最優先でしなければならないのは疲労状態の解消である。

いけないのは長時間労働ではない。いけないのは長時間労働が寝る時間や休日なしで延延と続くことである。どんな頑丈な人も一年間続ければくたびれ果てて病気になる。長時間労働により疲れを蓄積させてはならない。疲労を回復する休日と時間が必要である。

徹夜仕事の後にはグッスリ眠る時間が、繁忙期の後にはのんびりする月日が必要である。これがあれば長時間労働は根絶すべき悪ではなくなる。社会のごく常識的な営〈いとな〉みになる。

 

 

働き方改革をほくそ笑む者達

 

政府の長時間労働削減推進本部の対策は生ぬるいという声が大きくなっている。

会社や経営者を敵と見做す一派が、ここを先途と奮い立っている。

日本的経営を行う日本の会社は社員を会社の財産として大事にしている。こき使って使い捨てにしようと意図している経営者はほんの少数である。

中間管理者の中に威張る者、部下をいじめる者がいる。人間性に欠陥があり、未熟な精神の持ち主である。自分がダメ上司であることを自覚しないから始末に悪い。部下が疲れ切っているのになおムチで追い立てる。

こんな上司が部下を過労死させる。過労死に追い込んだのが自分だという反省もしない。

もちろん、こんな上司を部門長や課の責任者にしている経営者がよくない。人間性を高める教育をしないのがよくない。

過労死が発覚してブラック企業の汚名を着せられ、謝り、多額の賠償金を払い、お客様の信用を失い、売上げ大幅減…。こうなって初めて「ああ」と己れを責める。

労働者の味方の一派はほくそ笑んでいる。「残業ゼロの会社もある、見習え!」と言い「政府はこの際ブラック企業を根絶せよ、そのため重罪を科せ!」と吠える。

焦点は指導者の人間性の向上である。ここを外して物理的な“時間”をいじくり回しても問題は何も解決しない。