アイウィル 社員教育 研修日程

染谷和巳の『経営管理講座』

 

人材育成の新聞『ヤアーッ』より

 

「経営管理講座 345」   染谷和巳

 

 

ガキデカ老人蔓延〈はびこ〉る

経営管理講座

 

あと十年たつと今の女性専用車は廃止され、車椅子とベビーカーの専用車に変わる、と予言する。女性は弱者でなくなったし、老人と赤ん坊という弱者を保護優遇しなくてはならないからである。保護されるのだから慎ましく頭を下げればいいが、弱者が「もっと大事にしろ」と威張る時代だ…。

 

 

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ルールを守らない老人の増加

 

荒田新の話。

電車が入ってきた。並んでいる人が半歩前へ出た。

ドアが開く寸前、横から六十がらみの紳士(それらしいスーツを着ているのでこう呼ぶ)が先に乗ろうとした。

後に並んでいた若い男(ラグビー選手のような体格)が紳士の襟首をつかんでグイと引いた。紳士は列の後方にはじき飛ばされた。

並んでいた会社員や学生は紳士をちらっと見て乗った。若い男も乗った。

紳士は「暴力はいかん、暴力はいかん」とかん高い声で叫んだ。叫んで自分も最後に乗った。

荒田は反対方向の電車を待っていたので、その後車内で何があったか知らない。おそらく何もなかったであろう。満員に近い車内である。紳士は口の中でブツブツ何か言っているが、他の人は顔をそむけていたであろう。

紳士はいつも〈・・・〉割り込み乗車をしていたに違いない。誰からも何も言われなかったので、割り込みがクセになっていた。それがよくないことだとは知っていた。

「暴力はいかん」は「話せば分かる」の前句である。「みんな並んでいるのですから後ろに並んでください。割り込みはいけませんよ」と言ってくれればいいのに。〝大衆の面前で〟襟首をつかんで引きずるとは、分別ある大人のすることか。人に恥をかかせて一言もないあの態度は何だ。体力しか自信がないから暴力に訴えるんだ。あいつは教養のないケダモノだ…紳士はこうつぶやいていたであろう。

この出来事を見た人で紳士の肩を持つ人はいない。分別のない大人はお前のほうだ。子供でも守るマナーを守らない老人を軽蔑する。

では若いラグビー男は賞讃されたか。怪力である。もう少しで大ケガになった。無言でいきなりはどうか。もし自分がされたら…。ラグビー男の行為はこの場合はいいが、他のケースでは弱い者いじめにならないとも限らない。その強い力に恐れを感じる。親しみは湧かない。あまり近寄りたくないと思う。

もうひとつ同類の光景を見た。

四車線四車線の大きい交差点の真ん中でガチャンと音がした。信号で車は侵入していなかった。ゆかたの女性(といってもかなりの年寄りで元大和なでしこである)が倒れている。スーパーで買ったものを自転車の前と後に積んでいたが、それが路に散乱している。

信号待ちで荒田も含め多くの人が見ていた。

小さい女の子を連れた主婦が「大丈夫ですか」と言いながら駆け寄り、老婆に手を貸し、散らばったものを拾い集めた。もう一人学生らしい若い男も後から駆けつけて自転車を立て直した。

荒田の隣で眺めていた男が「何であんな所を通ったんだろう」と言った。荒田も「おかしいねえ」とつぶやいた。

歩行者のスクランブル交差点なら人はタスキ掛けに渡ることができる。普通の交差点では横断歩道は路と直角になっている。自転車は人同様歩道脇を渡る。交差点の真ん中を突っ切って渡るなどあり得ない。考えられない。普通の頭では理解できない。

車がみな止まっているから、これ幸いと近道をした。一秒を急ぐ理由があったのか。自転車も満足に運転できないくせになぜ? それにあのユカタは何だ。ユカタで自転車は奇天烈〈きてれつ〉である。あの婆さんは目立ちたがり屋か。転んで注目されたかったのか。

荒田は日本人は心がやさしい人が多いなと思った。困っている人がいれば助けてあげましょう。「大丈夫ですか」と子供の手を引いて駆け寄った主婦はやさしい人である。自転車を立てた学生もやさしい。こうした人がいなければ、信号が変わって交差点に入ってきた車は障害物で停止。混乱と渋滞。婆さんのせいで〝事件〟が起きたであろう。

荒田は助けに行かなかった。助けに駆け付けた人を見ても後に続こうとしなかった。すばやい処理で、事件にならなくてよかったと思った。人助けはその人のためだけでなく、そのまわりにいる多くの人や社会のためになるということを知った。

 

 

 

組織を離れて自由人になると

 

「で、キミは何を言いたいんだ」と聞いた。

荒田は「老人の甘え、何をしてもいいんだという傍若無人、弱者の権利をふり回す人がふえていると思いませんか。まわりの人は見て見ぬふり。あのラグビー男のように実力でたしなめる人は珍しい。そばにいた人の半数以上がラグビー男に怯えた目を注いでいました。弱い人にやさしくするのはいいことだが、弱い人が威張って人に迷惑をかけても、やさしくしなくてはいけないんですかね。子供のわがままより老人のわがままはタチが悪い。後世に模範を示す立場の人が、ガキ化してしまっています。これを言いたかったのです」と答えた。

老人といっても大半が戦後生まれである。戦前の教育勅語に基づく修身道徳の教育は受けていない。家長(父親)絶対の家族形態で育ってもいない。アメリカ流民主主義教育を身につけた人である。自由、平等、個人主義の人、言い換えれば差別反対、人権尊重の空気を吸って生きてきた人である。

会社に身を置いていた時は個人の自由平等が制約されていた。上下関係があり上司は命令し部下は従う。「この仕事はイヤです」と言えば干される。組織では義務と責任が優先し、個人の自由は引っ込んでいなければならない。

この組織のルールは中小企業よりも大企業のほうがしっかりしている。荒田の知り合いの男は一流国立大を出て大銀行に勤め、将来は頭取と嘱望されていた。マイホーム主義だった。地方への転勤命令が出た。五歳三歳の二人の子がおり、一人は病気で毎週車で一時間かかる病院に通っていた。妻と近くに住む義母が二人の子の面倒を見ているが限界がある。

男はこれを理由に転勤を断った。クビにはならないが、五十近くなる現在、給料アップはいつも最低、後輩にどんどん抜かれ、支店長にもなれずに終わりそうである。

これが組織の〝掟〈おきて〉〟であり、掟に従わない者は排除される宿命にある。

個人の意思や希望が後回しにされる会社を離れると、ようやく自由の身。押さえ込まれていた本心が表に出てくる。これがわがまま老人発生の一つの原因である。

本心だから本人には「いけないことをしている」気持ちはない。非難されれば「何が悪い」と怒って抵抗する。そのためやさしい人は見逃し許す。

荒田がうなずいて言った。

「やさしいのは町の人ばかりではない。会社の社長や上司もやさしくなっている。政府が今度パワハラ防止の法律を作るそうじゃないですか。社員にやさしく、部下にやさしくという法律です。そうしないと処罰するという法律です。生産性を上げろと言うその口で下げる法律を作るんですよ」。

 

 

 

さらに日本人劣化政策は続く

 

職場におけるいじめや嫌がらせなどパワーハラスメントに対し、政府が罰則を含めた法規制の検討に着手したと、八月二十七日産経新聞が一面トップ記事で報じた。産経は大問題だから大ニュースとして扱った。

政府の「働き方改革」の一環である。

残業時間の抑制は効を奏し、労働基準監督署の職員は会社を回って「これが残業費未払分です。二千万円社員に支払ってください」と命じている。社員は臨時収入を喜び、会社はホワイト企業であろうと労働時間の短縮に注力している──。

過労死、過労自殺のつぎはパワハラによる自殺やうつ病発症の撲滅である。パワハラとは上司が殴るなどの暴力や人格を傷つける発言などによって部下に心身の苦痛を与えること。

こんな法律ができたら、部下を注意し叱って指導する上司がいなくなり、部下に迎合する甘いやさしい上司ばかりになる。犯罪者にされるのは御免だから意欲ある上司も義務と責任を放棄して何もしなくなる。部下は居心地はいいが仕事に張り合いをなくしてだらける。町のわがまま老人と同様の社員が増える。

「強くなければ生きていけない。やさしくなければ生きる資格はない」という格言はやさしさ第一を言っているのではない。強いことが第一、強い人は弱者を助けるやさしい心を持ちなさいという意味である。西部劇の傑作「マクリントック」では主人公マクリントックに「紳士たる前に男であれ、あの知事はどちらでもない」と言わせている。

政府は会社という〝人間形成の場〟を破壊しようとしている。」