アイウィル 社員教育 研修日程

 

染谷和巳の『経営管理講座』

 

人材育成の新聞『ヤアーッ』より

 

「経営管理講座 354」   染谷和巳

 

 

勤倹誠実やめよとか

経営管理講座

 

豊かな人生とは労働しなくても生活できる状態、幸福とは長い時間海辺で何もしないでのんびり寝そべっていること。これはフランス人の価値観であり、この〝退屈こそ醍醐味〟に私たちは賛同できない性情を備えている。働かない改革によって私達をフランス人に変える必要があるのか。

 

    PDF版は右の画像をクリック⇒

 

組合を衰えさせたストの予告

 

最近胸がすっきりするニュースがあった。

「JR東労組 脱退三・二万人に」(五月二十五日 産経新聞)という新聞記事である。

今年の二月、組合が、ベースアップなどを要求して会社側へスト権行使を予告した。これに対して会社側は労使協調の基盤が失われたと「労使共同宣言」の失効を通知した。

組合(正式名は東日本旅客鉄道労働組合〈略称JR東労組〉)は五日後にスト予告を取り消した。

この時から組合員の脱退が相次いだ。

スト予告前(二月一日時点)は四万七千人いた組合員が四月一日時点で二万九千人が脱退、五月一日までにさらに三千人が脱退。現在の組合員数は一万五千人で、この三ヵ月間で約七〇%減少した。

「JR関係者によると、同労組の推定加入率は昨年十月時点で約八〇%だったが五月一日時点で約二五%まで低下した計算となる」と記事にあった。社員の四人に一人しか加入者がいない弱体組合になってしまったということである。組合は組合員一人ひとりが払う組合費で成り立つ。組合員が七〇%減れば収入が七〇%減り活動資金もままならない。

かつて、自動車労連の委員長が豪華なヨットを持っている写真が載り、「労働貴族」と囃〈はや〉された。現在も羽振りのいい大労組の専従委員長がいるのかもしれないが、JR東労組は七〇%の収入源で貧乏世帯に落ちぶれた。

友人の荒田が「慶賀の至りだ。祝杯をあげよう」と言った。

昭和六十二年(一九八七)四月、中曽根総理大臣のもと国鉄(日本国有鉄道)の民営化が実現、七つの独立会社に分割され営業を始めた。

国鉄は労働組合の力が強く、「少なく働いて高賃金を得る」を方針にストライキを連発し、ベテランが若い職員に「働かない」指導を徹底して行っていた。

民営化に反対しストライキ(職場放棄)やサボタージュ(怠業)といった戦術で政府や経営陣を脅かした。

中曽根総理は共産党社会党などの野党や国鉄職員の反対を抑えて法案を通し民営化を実現。なおも反対を続ける強硬組合員千数百人を会社に悪影響を及ぼす悪質集団として新会社の社員にしなかった。仕事の場を失った労組員は「不当である」と訴え裁判で争ったがことごとく敗けた。

面面はお金の面での補償はされたので貧乏することはなかったが、ついに鉄道マンとしての仕事に復帰することはなかった。

JRになった新会社はそれぞれ労働組合があるが、昔の国鉄労組の轍を踏まないよう「労使協調」路線をとった。顧客サービスを重視してそれぞれが売上げ利益に責任を持つ一般会社と同じ体質を徐徐に身につけていった。

この一般企業化が遅れているのがJR北海道で、旧国鉄ほどではないが労働組合が力を持っており社員は「働かない」で意思統一されている。そのため車輌や線路、設備の点検補修が後手後手になり、事故が頻発、今後さらに大きい事故が起こると予想される。

JR東労働組合員はストライキを行うことで昔の国鉄のように社会から非難され疎外されることを恐れた。多少の給料アップのために一生を失うのは間尺に合わない。それで組合脱退に踏み切った。賢明な選択である。

ストを企画した執行部十四人は制裁を受け新しい執行部の元に出直しをはかるという。労使協調のおだやかな組合に戻るだろう。

 

 

日本を怠け者の国と比べるな

 

日本ではないヨソの国の話。

市内を走るバスは故障車が半数を占め、路線が記されていても路線バスは時刻どおり走っていない。修理する人がいない。いても仕事をしないからである。

市の交通局職員の欠勤率は一〇%以上、昨年は平均十五日に一度ストライキがあり、しかも毎回金曜日。金土日の三連休を作るためのストと市民は非難している。

バスだけでなく市営地下鉄も運転手組合がストを行い、全線マヒ。そのたび利用者は大混乱を引き起こしている。

バスが走らないだけでなく道路は穴だらけで放置されている。ストによる収入減で交通局は大赤字。この現実を改める政治家も行政機関も見当たらない。

これはかつて大帝国の中心地だったイタリアの首都ローマの実態である。ローマ駐在の産経新聞記者坂本鉄男がコラム「イタリア便り」で報告している。私は交通局の職員だけが怠け者で市民はみな働き者だとはどうしても思えない。イタリアは「労働に基礎を置く国」と憲法でうたっているそうだが、日本のような勤勉思想とは正反対の「人は働かないで休んでいること、遊んでいることが幸福」という思想が根付いているのではないか。

信憑性が薄い数字だが、OECD(経済協力開発機構)の調査による「世界各国年間平均労働時間ランキング」では、中国、インドという人口大国が入っていないので拍子抜けするが、加盟三十五カ国の平均が一七六六時間、ドイツやフランスなどヨーロッパ各国は一四〇〇?一五〇〇時間が多く、イギリスが一六八二時間、例のイタリアが一七二三時間である。

働き過ぎと言われる日本は一七一九時間でイタリアより少ない。アメリカ一七八六時間、ロシア一九七八時間、韓国二一一三時間、トップはメキシコ二二四八時間である。

アメリカが日本より多いのは会社以外の自宅や他の場所で仕事をしている時間が含まれるからで理解できるが、メキシコがトップはどんな調べ方をしたのか疑いが残る。

日本のサラリーマンの年間休日は有給休暇まで全てひっくるめると一三〇日以上になる。年間二四〇日、一日七時間働くとすると一六八〇時間、ほぼOECD調査の一七一九時間に一致する。

日本はヨーロッパ諸国に見習って休日を増やし労働時間を減らしてきた。国民性や思想が違うのだからヨーロッパ流に合わせる必然性は全然ないのだが、〝なんとなくそうしたほうがいい〟程度の根拠で労働時間の短縮に努めてきた。

それにさらに追い打ちの〝働き方改革〟である。〝過労死〟〝過労自殺〟などという実態不明、根拠薄弱の新語、新現象に踊らされてついに国会は「働くな法」を成立させる。

 

 

この法律で会社も社員も困る

 

今年一月の安倍首相の施政方針演説で「働き方改革」について、

「①同一労働同一賃金、雇用形態による不合理な待遇差を禁止し、〝非正規〟という言葉をこの国から一掃してまいります。

②わが国に染みついた長時間労働の慣行を打ち破ります。罰則付きの時間外労働の限度を設けます。

③専門性の高い仕事では、時間によらず成果で評価する制度を選択できるようにします」

と語っており、この演説どおり最近法案が可決された。荒田は①②反対、③賛成だと言う。

ガレー船の船底で鎖につながれて櫂〈かい〉をこぐ奴隷にとって労働時間は死活問題だから、時間短縮のチャンスがあれば命がけで戦う。

現在の日本の社員は鎖につながれて残業しているわけではない。通常時給計算にプラスした額のお金をもらって働いている。住宅ローン、教育費を払っていくための有難い収入である。

だいたい過労で自殺したり病気になってなくなる人は、十万人に一人、交通事故で毎月百人以上死んでいる問題と比べれば、国家的大問題にするのがオカシイ。過労死ラインなんてありもしないラインを設定して、残業百時間以下でないと会社を罰する法律を作るなど、声の大きい人の意見に惑わされて行動する、大局観先見性のない〝民意迎合ポピュリスト〟である。安倍首相は誰に吹き込まれてこんな改革をやっちまったんだろうね、と荒田は嘆いた。

高度プロフェッショナルとは作家芸術家などの自由業、一人職人、家族的自営業者のことではない。こうした職業の人は労働時間は自分の意思で決められる。

組織に所属するプロフェッショナル。たとえば経営コンサルタント、弁護士、会計士、証券アナリスト、研究員などをさす。こうした仕事の人は残業時間限定の対象にしないが③である。

野党などは「働かせ放題になる」「過労死につながる」と反対したが、プロは拘束される労働時間の長短で収入を得るのではなく成果の大小が決め手なのだから、仕事の場はいくらでもある。会社に殺されそうなら逃げ出せばいい。それに年一千万円以上の高収入は、仕事の実力に見合う報酬として受け取っている。それだけの実績を上げられなければ寝ないで働くのが当然だろう。