アイウィル 社員教育 研修日程

 

染谷和巳の『経営管理講座』

 

人材育成の新聞『ヤアーッ』より

 

「経営管理講座 356」   染谷和巳

 

 

十五歳で働く社会に

経営管理講座

 

愛知県のタイム技研㈱(年商一一七億円、社員五〇〇人、会長丹羽公男)は今年定年制を廃止した。働ける間は百歳になっても働いてくださいという方針である。先月号の「老人力活用で乗り切る」を読むずっと前に社員に公示した。この会社に倣って定年制廃止会社が続出するのを期待する。

 

    PDF版は右の画像をクリック⇒

 

外国人就労の拡大に反対する

 

「生産年齢人口」という経済用語がある。

日本では十五歳から六十五歳未満の人がこの中に入る。準備中の子供と引退した高齢者を除く全人口である。

敗戦の痛手から立ち直ろうとする昭和二十五年(一九五〇)が五千万人。年年増加してピークは平成三年(一九九一)の八千万人。ここから減りはじめ平成三十年の現時点で約七千五百万人。二十年後の二〇三八年は六千二百万人。四十年後の二〇五八年には昭和二十五年と同じ五千万人になると予測されている。

人手不足はこれからますます深刻になり、中小企業では誰でもいいから採用したいのに一人も応募がないのが常態化しつつある。

そこで政府は外国人労働者の受け入れの規制をゆるめ、対象業種を拡大する方向で法律の改正を進めることにした。

外国人労働者の無制限(とは言っていないがいずれこうなる)の受け入れは、人手不足の解消という〝小さい問題〟は解決するが、もっと大きい問題を残す。

今はまだ目立たないが、都会の各所にその国の文化を持ち込んだ外国人村ができる。それはかつて欧米諸国や日本が中国の地に勝手に作って自主管理した「租界」と同じ性質の独立村になる。平和主義の日本が武力で排除するおそれがないので、租界の住民は税金を払わずに住み続ける。

つぎに子供の教育。永住者が増えれば、子供が続続と生まれる。学校に外国人クラスが増え、そのための教師を増やす。九年間の義務教育。日本の子供が減ったぶんの穴埋めだから問題にならないと言う人がいるが、教師の苦労は倍化する。義務教育予算がピンとはねあがる。

今は日本人と結婚した外国人がハーフ(混血児)を生んで育てている状況だが、移民が自由になれば同国人同士の結婚、出産が主流になる。地域社会に溶け込まず、租界のような外国人村で生まれ育った子を大量に受け入れる公立小中学校は疲弊する。

学校を出れば日本の会社に就職する。人手不足解消につながるではないかという反論には、日本に溶け込まない外国人は常に祖国を向いている。稼いだお金を祖国に送るだけではない。心も祖国にあって日本にはない。

また移民は新たな貧困層を形成する。今も外国人の生活保護申請が多いそうだが、二十年後、働かない外国人に支払われる生活保護費は天文学的数字になる。

もちろん税金は払っていない。日本人の場合、自分が払っていなくてもその祖先や親類が税金を払っているのでモノサシが違う。

日本人にとって勤勉は美徳であり、勤勉が習性として体に染み込んでいるが、日本人と同じレベルの勤勉な外国人は一割程度しかいない。残りは本質が怠け者で、働かなくて済むなら働かない人である。

「そんなことはない、当社で働いているベトナム人は日本人社員よりよく働く」とある社長。

今日本の会社に来ている研修生はベトナムの一流大学を出たエリート。どこの国にも優秀な人はいる。そうした人が選ばれて日本の会社に派遣されている。他の業界でも同様である。コンビニの店員、スーパーのレジ係、建設現場のヘルメットなど高い専門技術がいらない一般労働者も、今は向上心向学心がある上級の外国人が大半である。

移民が解禁されて、どっと流れ込んでくる人は今の人より程度が低い。自国の文字の読み書きもできない人が大量に入ってくる。まさに濁流である。

こうなってからでは、国も市も町も何の手も打てない。「こんなはずではなかった」と嘆くばかり。こうなるという予測があるのだから〝外国人就労の拡大〟という弥縫策〈びほうさく〉を講じるのは止めたほうがいい。川幅は広げないほうがいい。入口は狭いままにしておくのが賢明である。

 

 

実情に即した生産年齢人口を

 

冒頭に挙げた「生産年齢人口」を吟味してみよう。

私が中学三年生だった昭和三十年(一九五五)、東京でも六〇%が中卒で就職した。三年の終わり頃は進学組と就職組が妙によそよそしくなり教室に殺伐とした空気が流れていたのを覚えている。

東京が六〇%で全国平均は八〇%以上。十五歳が生産年齢の入口だった。

東北の中卒男女が〝金の卵〟ともてはやされて集団で上野駅に降り立ったのはこの頃からである。日本の高度成長は昭和三十年代から始まったが、それを支えたのが十五歳からの若年労働者である。

高度成長は昭和四十八年(一九七三)の第一次オイルショックによって終焉する。この高度成長と並行して高校進学率、大学進学率が急上昇し、昭和四十八年の高校進学率は八九・四%、大学進学率も三〇%強になっている。そして現在は高校が九八・四四%、大学が六〇%。

つまり生産年齢人口十五歳からは第一次オイルショックのずっと前、昭和四十年代初めに終わっていたのである。

現在の生産年齢人口の開始は高卒大卒の中をとって二十歳が適切だろう。

つぎに終わりの六十五歳は、前号で述べたが時代遅れの定年制の改革で簡単に変えられる。

そうすれば労働人口の激減を憂える必要はなくなる。二十年後六千二百万人に減ると計算しているが、二十年後も現在と同じ七千五百万人が維持できる。あわてて外国人移民策を進めなくてもよい。

もうひとつ、難しいことだが本当の〝教育改革〟をして欲しい。

それは大学進学者、高校進学者を半分に減らす改革。大学と高校の半数を閉鎖する。

十五歳の中卒で大半が社会人になった五十年前に戻すのだ。

大学高校を出ても仕事ができる人にはなれない。大半の仕事は読み書き計算の基礎力を身につけた中卒十五歳でできるようになれる。

十五歳で仕事に就く人が増えれば労働人口は飛躍的に上昇する。

十五歳で十分会社に勤められる。なぜなら十八歳の高卒、二十二歳の大卒と体力も人間のデキも大差ないからである。

現在会社は高卒、大卒の新入社員にしつけ教育と読み書き計算の再教育を行っている。高校大学に行く資格のない人が三年から七年遊んでいただけである。大学生の半数、高校生の半数はいたずらに年月を浪費しているだけである。

今は学校より会社のほうが人間教育はうまい。十五歳で入社して仕事の技術と社会人としての適性を〝仕事を通じて〟会社は短期間で身につけさせることができる。

会社は中卒者の待遇をよくして入社を歓迎する仕組みを作る。

本人と親の抵抗があるが、早く社会に出たほうが本人のためになること、豊かな人生を送ることができることを、会社は実例で示して解らせる。

日本で学歴がものを言うのは官僚や公務員、それに一部大企業のみ。日本は学歴社会ではなく実力主義の公平な社会である。

中卒で仕事ができて知識教養人格を備えた優れた人間性の持ち主なら高収入と高い地位を得ることができる。

日本の生産年齢人口を「十五歳から八十歳未満」に変える。

こんな提案を文科省は鼻で笑うだろう。もし政府がこの改革に本腰を入れれば、役人は血相変えて反対するだろう。

外国人の大量受け入れより、十五歳就労者を大量に生み出すほうが、日本の将来のためにどんなメリットがあるか、健康的な道かは誰でも解ってくれると思うのだが。

 

 

働き方改革は大衆迎合の法案

 

残業時間を減らして不足の労働力を外国人で補うという道筋が確定した。

なぜこのような安直な方策がとられたのか。

二年前の電通の女子社員の〝過労自殺〟が発火点である。あの事件がなければ働き方改革はこんなに早く実を結ぶことはなかった。

大衆の感情は素朴であり「かわいそう」と「かわいい」の二つに集約される。いや「おいしいね」「楽しいね」を入れて四つか。この四つで物事を判断する。

今回は東大出の若い美しい顔写真の女性である。新聞、テレビが大ニュースとして連日とりあげた。大衆は「かわいそうに」と同情し、電通という会社や上司を「ブラック企業、人非人!」と非難した。

政治家やジャーナリスト、経営者は女性の写真に手を合わせ「あなたの死を無駄にはしません」と誓った。この時から働き方改革の案が練り上げられていく。

日本の指導者も欧米を席巻する大衆迎合のポピュリズムに冒されているからだろう。