アイウィル 社員教育 研修日程

 

染谷和巳の『経営管理講座』

 

人材育成の新聞『ヤアーッ』より

 

「経営管理講座 361」   染谷和巳

 

 

仕事ができる人の育成

経営管理講座

 

世界地図を見ると日本は小さい。資源もない。こんな国で一億二千万もの人が恙〈つつが〉なく暮らしている。世界に類例がない。この豊かな国を作ったのは四百年前から延延と続く日本の〝勤勉〟の精神である。勤勉が日本の唯一最大の資源。この長所美点を今惜しげもなく捨て去ろうとしている。

 

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労働時間を増やす国減らす国

 

昨年の暮、「ハンガリー政権『奴隷法』強行」という物騒な見出しの記事があった。

「奴隷法」とは政府が労働力不足解消のために超過勤務時間(残業や休日労働)を現行の年間二五〇時間から四〇〇時間に引き上げ、しかもこの超過勤務手当の支払いを最大三年延長できるとする法律。これに反対する労働組合などのデモ隊とメディアが奴隷法と命名した。

二〇一七年OECD(経済協力開発機構)の調査によるとハンガリーは年間平均労働時間一七四〇時間で日本の一七一〇時間とほぼ同じである。三八ヵ国中年間一八〇〇時間以上の国が一四ヵ国、二〇〇〇時間以上の国もメキシコなど数ヵ国ある。

最も少ない三八番の国はドイツで一三五六時間、アメリカは一五番目の一七八〇時間。

日本の平均労働時間はどのようにして算出報告したのか。

一年三六五日のうち土日祭日の休み一一二日、正月と盆の休みを入れると一二〇日。一年間で働くのは二四五日、一日七時間とすると一七一五時間になる。この労働時間は超過勤務時間ゼロで算出されている。

もし一日残業時間の上限年間九六〇時間を加えると二六七〇時間で二時間残業だと四九〇時間プラスで年間労働時間二二〇〇時間、世界のトップクラスになる。

これが実際の会社勤めの人の労働時間であり現実であろう。アメリカも同様である。一七八〇時間は工場労働者の定時の労働時間で、ホワイトカラーは家や社外での仕事時間が多く、これを加えると優に二〇〇〇時間を超える。

ハンガリーの平均労働時間一七一〇時間も同じ枠組みで計算されているのだろうから残業四〇〇時間を加えると二一一〇時間、世界のトップクラスになるが〝奴隷〟というほどではない。会社は残業代を三年以内に払えばいいという法律は「ただ働き=奴隷」であり納得し難いが、年間一五〇時間の労働時間延長は連日デモを繰り広げることではないだろう。

人口わずか一千万人の国ハンガリーは移民に反対している。シリアなどからの難民の流入で安寧を奪われ、精神的不安に苛〈さいな〉まれ、将来の危険と恐怖を肌で感じてきた。そのため国民は外国人労働者の受け入れにNOをつきつけ、国土が難民の通り路になることにも不快を隠さない。

政府は労働力不足を解消するためにドイツのように外国人を使う方法をとることができない。仕方なく国民にもう少し長い時間働いてもらう方法を選んだ。これに反対のデモをしている労働組合員や学生は矛盾を抱えながら気勢をあげていることになる。

同じ労働力不足を解決するために日本はハンガリーとは反対にまず残業時間の短縮を行った。働き方改革によって超過勤務時間の上限を極端に下げた。

それによって生ずるさらなる労働力不足を外国人労働者の大量導入で解消する道を選んだ。

子供にも解る〝矛盾〟である。

だいたい過労死ライン残業月八〇時間、年間九六〇時間にどんな根拠があるのか。これ以上残業させると死ぬ恐れがあると言いながら病院勤務医師には深刻な医師不足解消のため年間二〇〇〇時間の残業を許す。医師は外人で賄えないから法の例外とするということ。こうなると超矛盾である。

日本の政府は過労死、過労自殺、パワハラ(いじめ・いやがらせ)、セクハラといった、弁護士やマスコミが煽動する〝大事件〟を真正面から受けとめて働き方改革を断行。そして移民制度を採用した。

外国人受け入れは経済界の要望というがこの経済界は経団連のメンバーの大企業で、中小企業は人不足に悩んでいるが、それを外国人で補うことに賛成しているわけではない。

産経新聞の主要一二一社(日本を代表する大企業)アンケートによると、外国人労働者の受け入れ拡大を「高く評価する」八%、「どちらかというと評価する」三五%で賛成四三%。これに対し「何ともいえない」四五%、「評価しない」三%で四八%が首をかしげている(一月三日)。

大企業でも大量移民には消極的なのだ。もし中小企業にアンケートすれば、「評価する」の%はさらに少なくなるだろう。

ハンガリーのオルバン首相は〝強権政治〟と非難されているが、日本も野党や朝日新聞などが「アベ一強」と安倍首相の強権政治を批判している。しかしその政策は正反対。いずれが国民のため、国の将来のためになるか。十年経たなくても日本の失敗は目に見えている。

 

 

自立する体験を積まなければ

 

怠け者とは仕事をしない人だが、経営者は怠け者よりも「仕事ができない人」の増加が深刻だと言う。働き方改革もパワハラ法も移民政策もみな仕事ができない人に標準を合わせている。

仕事ができない人が過労自殺し、仕事ができない人がパワハラを訴えていると言っても過言ではない。その「仕事ができない人」を責めずに、その人を救うため、まともにやっている周囲の人に「お前たち、だめじゃないか、しっかりせい!」と国のトップが叱りつけている。

仕事ができない人とは一言でいえば〝遅い人〟である。

スーパーのレジ係でも単純な組み立て作業でも遅い人がいる。急がせると間違える。仕事ができる人とは頭脳労働でも肉体労働でも速く正確にできる人。

焼き立てパンで有名なP社の社長が嘆いていた。「パン作りは手作業が多いが、今の若い人は遅い。私たちが現場にいた頃はたとえば一分で三十個作ってそのスピードを競争したが、今は一分で十個も作れない。訓練しても変わらない。やってみせてもマネできない。急がせると不良品の山。全員ではないが遅い人が目立ってきている。この人に合わせたら労働時間は三倍になる」。

P社社長は「家庭での子供の育て方に問題があると思う」とつけ加えた。

学校秀才の中に仕事ができない人が少なくない。会社はこうした秀才を率先採用するが〝使いものにならない〟のを知って頭をかかえる。もちろん秀才で仕事ができる人もいるが、その人は家庭での育てられ方がよかった人のはずだと言う。

仕事ができるできないは雑用をさせてみると判る。掃除で雑巾がけをさせる。できる人は雑巾をキュッと絞って机の上を拭き、雑巾を濯いでまた絞って机の下にもぐり込んで床を拭く。できない人は雑巾をつまんでつっ立っている。

記憶力一辺倒の勉強と手足を使う用事をしなくなったことが仕事ができない人を生んでいる。

思い当ることがある。

銭湯で脱衣場へ出る時、体を拭かないと怒られた。水が垂れて床がびしょびしょになってしまうからである。子供は小さいタオルで体や手足、尻や腋〈わき〉の下までよく拭くことを習慣にした。

どこの家も内風呂になり、親は子供が一人で風呂に入れるようになったことを喜び、出てくると大きいバスタオルを頭からかぶせて体を拭いてやる。子供は左右向くだけで何もしない…。

自分の手で自分の体を拭く子はいなくなった。研修施設で小中学生が入った後の脱衣場が水びたしになっているのを見て確信した。

家庭教育は子供に〝自立〟への道筋をつけてあげることである。一つがしつけでもうひとつが何でも自分でする体験。片付けと掃除、台所の手伝いや庭の手入れ。

ナイフで鉛筆を削る。どうすればうまく削れるか試行錯誤を繰り返す。かつて日本の子供の大半がそろばんの玉をはじいた?。

飽食の時代、極楽の国。機械と道具が用事はすべて行い、残りは親がやってしまう。

子供は頭を使うことなく、手足も使うことなく、回転しない頭と不器用な手足のまま社会に出る。仕事ができるはずがない。

 

 

仕事ができる人を増やすには

 

安倍首相は経団連に毎年〝賃上げ〟を要請しており、今年も「賃上げをお願いしたい」と労働組合の代表が言うことを言っている。

六年以上好景気が続いてきたが、昨年後半あたりから潮目が変わって貿易収支も公共投資も下りに転じている。総理大臣が「社員の月給を上げて!」と発言すること自体異常だが、景気が悪くなる予測が出ているのに「デフレ脱却のため賃上げして消費活性化」という焦点ボケの看板を掲げ続けるのには不信感が増すばかり。

労働力不足を乗り切るのに中卒高卒で仕事に就く人を増やす提案をしたが、政府にはもう一つ、仕事ができない人を作らない社会にするにはどうすればいいか具体策を提示してもらいたい。