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染谷和巳の『経営管理講座』

 

人材育成の新聞『ヤアーッ』より

 

「経営管理講座 362」   染谷和巳

 

 

少子化は深刻な問題か

経営管理講座

 

出産報奨金、子供手当、保育所幼稚園、学校教育費の無償化と政府は「どうか子を産んでください」とお願いしているが、笛吹けど踊らず。出産適齢期の女性は東京ドームのライブコンサートには何万人も押しよせるが結婚出産は遊びや仕事の次くらいの〝第三の道〟くらいに思っているようだ。

 

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八十代九十代でも仕事をする

 

「少子高齢化社会」というが、少子化と高齢化は異なる社会現象であり一緒にすると問題がぼやけて〝どうすれば〟の解答が思い浮かばなくなる。

高齢化は「長寿」の結果で日本は女性も男性も世界でトップクラスの長生き国である。百歳以上の人が全国に七万人近くいる。めでたし、めでたしである。定年延長で八十歳九十歳まで働く人が増える。労働力不足を補う最も有力な手段である。

友人の荒田新は六十三歳の時に大病を患って死ぬところだった。

それまで病気をしたことがなく、健康診断もろくに受けたことがなかった。スポーツや運動はしなかったが体力には自信があった。走るのは遅いが歩くのは速かった。通勤時はごぼう抜きに人を追い抜いて行った。

仕事は仲間の誰よりもできた。上司は荒田の成果に舌を巻き重用した。そのため先輩が何人も辞めた。意図したわけではないが、荒田が蹴落とした構図になった。

荒田は体力にまかせて労を惜しまず働いた。仕事は早く質がよかった。それを認めてくれる上司がいたことが幸いだった。

大病をしてガクンと体力が落ちた。年年歩くのが遅くなり、今は通勤で女の子にまで抜かされる仕末だった。

事務所へ向かって道を歩いてくる荒田を見て女子社員が言った。

「あら、よたよたしてる」

「え、あらほんと、どうしたのかしら」

近付いてきた荒田に挨拶して心配気な顔で一人が聞く。

「アラタさん、大丈夫ですか。具合悪いんですか」

「いや、なぜ?」

「ふらふらしているように見えました」

「ははは、元気だよ」

ふらふらしているとは思わないが、ぼんやり歩いていると右側へ寄っていき、意識してまっすぐ歩くよう努めている。「ついに人にも解るようになったか」と荒田は〝老化〟を認めざるを得なかった。

荒田は腰痛、膝痛、肩痛そして頭痛の経験がない。自分より若い仲間が腰痛で動けなくなったり、膝痛でびっこをひいているのを見て、「自分は丈夫だ」と自信を持った。この自信は今も変わらず、今に至るまで腰や膝で悩んだことはない。それが脚力減退でふらふら歩きとは…。

しかし頭と五感は衰えていないので仕事はできる。喜寿の今も、労働時間は短く出勤は少ないが現役である。

荒田の身近にも高齢の現役は少なくない。研修の「危機管理」のセミナー講師青木清は八十歳、研修の審査部長の太田潤一は八十二歳、荒田の会社の顧客のYカメラのF社長はさらに歳上である。

高齢労働者はその知力体力に合った質量の仕事をすれば、会社に欠かせない戦力になり、また当人にとってこんな幸福なことはない。大手建設会社の常務取締役で六十五歳で定年退職して研修の審査員に再就職した太田潤一は「(一ヵ月十日程の仕事だが)この仕事があることに本当に感謝しています。健康維持には仕事が一番です」と言っている。

話は飛ぶが『中小企業庁の資料によれば、七十代の経営者で売り上げ増を達成したのは約一四%だが、三十代では約五一%に跳ね上がる』という新聞記事。

経営者の年齢と業績の調査らしいが、全く意味のない調査である。三十年も社長をやれば会社は安定期に入り、飛行機なら水平飛行。右肩上がりの上昇がなくて当たり前。

創業して十年の三十代社長が売り上げを伸ばすのも当たり前。飛行機なら上昇期である。

成長、発展、繁栄はずっと続くものではない。長い間には安定、衰退、衰亡という時もある。

若い経営者が五年十年で社員が数百人の中堅企業を創る例もあるが、創業して夢叶わず消えていく若者も死屍累々である。よって数少ない成功経営者が売上げを伸ばすのは当たり前で、むしろ七十代経営者の十四%が成長を続けているほうが評価に値する。

八十代九十代で畑を耕し野菜を収穫する日焼けした顔の爺さん婆さんを見ると、「えらいな」と頭が下がる。

高齢でも国やまわりの世話にならず自力で生活し、仕事をする人はそれだけで立派であり、技術や知識だけでなく〝人としての生き方〟を次代に遺す教育者である。

 

 

 

快楽志向は民族滅亡の道だが

 

高齢化と反対に少子化はいいことがない。

何でも自由の個人尊重社会の行きつく先に「結婚しない」「子供を産まない」人ばかりになり〝少子化〟というゴールがある。

平成十七年日本の人口が初めて減少し、それ以後人口減少が続いている。

人口減少がゆるやかなのは高齢者の増加による。生まれる人が年年減っているが死ぬ人も減っているので、極端な減少になっていないということである。

少子化が社会のニュースになったのは平成元年。この年の出産率は一・五七。その後やや回復するが二・〇以上に回復することはかった。

平成元年のこの年に生まれた人が現在三十歳。出産適齢期の十八?三十九歳の女性の絶対数が減っている。この年齢の女性が毎年二十五万人ずつ減っているという。人口の増加はもとより維持も不可能。減る一方であり現在一億二千六百万人が、五十年後には八千万人台になり百年後には半数の六千万人台になると推計されている。

おそらく人口問題研究所の推計どおりになるだろう。

また現在の高齢者は長生きだが、今の若い人がこの人たちと同じように八十歳九十歳まで生きるとは限らない。飽食の時代の無菌培養のガラスの部屋で育ってきた人だから、病気や衰弱で早死にする可能性が高い。よって人口減少はより速度を速める。

どうするか。

「結婚しない」「子供を産まない」〝価値観〟を叩き潰さなければならない。

何でも自由の個人社会に属する人は何を求めるか。快楽である。便利、スピード、セックス、美食を求める。「楽しければいいじゃない」の快楽志向にはまっている。

日本はそれが許される国、地上の極楽である。

動物も植物も食物などが豊富で環境がいいと繁殖する。天敵がいなければ飽和点まで増える。ガラパゴスのブタ鳥(ドードー)や鳥島のアホウドリは人間が殺戮しなければ滅びなかったかもしれない。だがブタ鳥はあまりにも幸せが続いたので飛べなくなり逃げる力をなくしていた。繁殖しすぎた動植物は自らの退化と劣化で生きる力をなくして、最後は自らの排泄物に滅ぼされる。

日本はこの道を歩いている。

人口の東京圏(東京、神奈川、千葉、埼玉)一極集中も快楽志向の一端である。

平成三十年の転入者から転出者を引いた超過人数は東京圏が十四万人、大阪、名古屋、福岡などは二?三千人に過ぎず、全国から東京圏へ人が集まっている。それも十代から三十代の若い人が大半である。

〝東京へ行けば仕事があり楽しく暮らせる〟が移転の動機である。

結婚して子を産んで、お金の苦労をして育児に疲れ果てて?、こんな楽しくない将来は想像もしたくない。「今日楽しければそれでいい」である。転入者は友だちや恋人は求めても、結婚相手を求めて東京へ来るわけではない。

「地方に魅力を!」と正論を言う人がいるが、人も金もなく、山川の自然しかない田舎を東京並みの〝快楽都市〟に変えるのは不可能である。

 

 

人口減少は宇宙の指令なのか

 

「しかしですね」と荒田が反論。

現在の世界人口七十三億人は繁殖のし過ぎである。一種の生物だけがこんなにはびこっていいわけがない。共存が自然界であり、鯨だってエサ以上には増えない。それが人だけは天井知らずに増え続けている。近近天罰(宇宙の掟)が下るだろう。

その中でも日本という小さい国の人口一億二千六百万人は異様である。世界ランキング十位。一九六ヵ国のうち一億人以下の国が一八六ヵ国。一千万人以下の国が一一五ヵ国。

他国にない勤勉と教育勅語の精神がこの異常繁殖をもたらした。

「日本は六千万人くらいでいいのではないか。それを若い人は本能的に感じて結婚しない。子を生まないになっているのでは」と荒田。

では少子化を肯定するのか。

「はい。人の増えすぎは今まで自然に逆らってきた弊害です。それを改めるには宇宙の力に従うしかない」と荒田。