アイウィル 社員教育 研修日程

 

染谷和巳の『経営管理講座』

 

人材育成の新聞『ヤアーッ』より

 

「経営管理講座 363」   染谷和巳

 

 

〝好き嫌い〟で経営する

経営管理講座

 

感情に左右されることなく理性的判断を、という。理性的とはたとえば「中国は人命軽視、人権侵害が甚〈はなは〉だしいし言論の自由のない怖い国である。しかし人口が多く将来に亘って需要が見込めるので進出した」といった数字と商売第一の判断である。これが感情より優れた判断と何故言える?

 

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自分を信じて主義主張を貫く

 

荒田新〈あらたしん〉は頑固者の部類に入る。

人の好き嫌いが極端で、嫌いな人と親しくなることは滅多にない。

研修では「嫌いな人にも笑顔で自分のほうから挨拶してみなさい。それを続けなさい。相手も心を開いて、嫌っていたのが霧散して人間関係がよくなります」と教えている。

荒田も挨拶はするし言葉も交わす。しかし嫌いな相手にそれ以上自分のほうから接近することはないし、相手が近付いてくれば後退りして逃げ出す。

荒田が嫌うのは「我が身を思うのみ」のエゴイスト、「何事でも我はよく人は皆悪しと思う」傲岸不遜〈ごうがんふそん〉の人である。言いかえると人間を知らない〝愚痴の人〟である。

会社を始めてすぐの頃、幹部社員のSが「人が欲しいですね。それも即戦力の経験者が。Tさんなんかどうなんでしょうね」と言った。

SはTとは犬猿の仲で、前の会社ではいつも露骨に対立していた。荒田はSを採用したがTには声を掛けなかった。声を掛ければ、仕事に困っているTが馳せ参じるのは目に見えていた。

荒田もS同様にTが嫌いだった。

会議で自分がいかにいい仕事をして実績を上げているかを臆面もなく力説する。それで終りなら許せるが、他がことごとく無能でだめであることをまた力説する。社長と専務など上司に向けたPRである。荒田などの同僚がどう感じているかなど一顧だにしない。

荒田は反論する気にもなれずいつも黙っていた。「あんな自己宣伝をして社長の覚えがよくなると思っているのか、餓鬼だなあ」と内心軽蔑した。

そのTが部下五、六人を連れて退社。新会社を作ったと聞いた。荒田は「へえ、Tに付いていく人がいるんだ。うまくいくかな」と思った。

Tの会社は一年も持たずに解散。Tは一人で細細商売をしているという。

そのTから「会いたい」と電話があった。荒田は即戦力は欲しかったがTと一緒に仕事をする気にはなれない。「三年くらい経ったらお会いしましょうか」と言って電話を切った。

Sは「荒田さんはきっとTを呼びますよ、私には解るんです。あなたはそういう人です」と言う。その言葉にはTに対するライバル心と嫉妬が含まれていた。

荒田は商売で売上げを上げるためなら、好き嫌いの感情を抑えて即戦力のTの力を求めるはずだとSは信じている。もしTが傘下に入ったら即座に自分は身を引こうと思っている。

Sは思いやりのある苦労人でTのように他を踏み台にして自分だけ上へ行こうとするさもしい心の人ではない。しかし人を見る目がない。

有能だし読書家だがその割に人間というものに対する理解が浅い。十年以上親しく付き合っているのに荒田の性格が解っていない。

人間通とはいえないと思った。

またこんなこともあった。

あまり話したこともないKが荒田を訪ねてきて「あなたがボスになって同業組合を作ってくれ」と頼んだ。個人で商売している人が何十人もいる。自分も一人でやっており今年は五千万円の売上げを上げた(Kはここで〝どうだ〟と自慢気な顔をした)。しかし一人は不安定でこのような好調がいつまで続くかわからない。会員の取りまとめは自分がするから荒田に頭になってもらいたいと言う。

「ほう、五千万円。すごいですね。私は自分の仕事で手一杯で組合など興味ないです」と荒田。

Kはハッとした顔で「あの暴力事件ですね、ああいうこと私は二度としませんから、お願いします」と頭を下げる。

だいぶ前、荒田の部下の営業マンを関連会社の営業マンKが殴った。事件はビルの事務所の廊下の陰で夜起きた。誰かが見ていたらしく翌日全員が知っていた。荒田は原因の詳細を調べなかった。関連会社の長に抗議もしなかった。殴られた営業マンにワケも聞かなかった。すべて不問に付した。しかし内心ではKという男を許さなかった。

そんなに嫌われていると知らずにKは頼み事をしてきた。しかも名誉をともなう相手が喜ぶはずのことである。

荒田が自分を拒絶しているのを知ってKはすごすごと帰っていった。

荒田は頑固なだけでなく狭量である。しかし、〝みんないい子〟と誰でも許す節操のない人よりはマシなのではないか。

ベトナムの米朝会議で日本の新聞、テレビは北朝鮮のゴロツキを英雄扱いで紹介した。

多数の外国人を拉致し、日本にミサイルを打ち込むと脅している国の、しかも国民の数割を飢えさせ餓死寸前の状態にしている国の独裁者を大スター並みに紹介する日本のマスコミはあまりにも節操がなさすぎるのではないか。

 

 

賢人は空気に逆わず迎合する

 

ポピュリズム(大衆迎合主義)全盛の時代である。

「原発反対は票になる」と野党候補者は政策のトップに原発反対を掲げ、与党候補者はこれに触れないよう神経を使う。前の参議院議員選挙で「原発反対」だけで当選した人が何人も出た。

政治家は自己の信念に基づく主義主張よりも大衆が何を求めているか、何を言っているかを重視して大衆が気に入ること、賛成することをまるで自分の意見のごとく論ずるようになった。それにより近年、男女共同参画社会基本法、個人情報保護法、働き方改革法、移民法などの悪法がつぎつぎと世に出ている。

「アメリカのトランプ大統領の言動の原点は『何をしたいかではなく、何をすれば歓呼喝采を受けるか』にある」と社会学者の竹内洋氏が言っている。

ポピュリズムについて述べた文中の言である。

トランプ大統領は国民が喜ぶ政治を行おうとしている。現に高関税をかけて自国の企業を守り、国境に不気味な壁を設けて外国人侵入者を阻止しようとしている。それを求める人、賛成する人、歓迎する人がいるからである。

他国のことや将来のことを考えないど近眼大統領である。

ポピュリズムは昔からあった。

七十四年前日本はアメリカとの戦争に負けて占領された。

戦前戦中を通して〝戦争〟は国民の総意であった。

大学教授も小説家も朝日新聞をはじめとする新聞雑誌も、会社の経営者も、もちろん政治家もみなアメリカに勝つことを願い軍隊を応援した。

一般市民は戦況に一喜一憂した。戦争反対の声はかき消された。感情は「アメリカ憎し」に統一されていた。

政治家や軍部は大衆の「ガンバレ」という声を背に戦争を行った。もし国民の大多数が戦争反対で団結していたなら、そこから出た指導者が国を動かした。大多数が戦争賛成だったから、その声に乗る指導者が頂点に立ったのである。

本心は反対だが、それを外に出せば袋叩きに合う。だから言えなかったと言う人がいる。

そして敗戦後多くの大学教授や知識人が「日本が間違っていた。日本が悪かった」と一八〇度〝転向〟した。

こうした転向者は荒田が最も嫌う「我が身を思うのみ」の卑怯者、エゴイストである。

人は環境に順応し適応していかなくては生きていけない。

社会の常識の枠の中で世間の目を気にして暮らすのが一番安全であり無理がない。

しかしこうした賢い小人よりも、荒田はたとえ叩かれ潰されてもおかしな空気に反対し抵抗する人を支持する。

 

 

儲かっても中国へは行かない

 

老子は「我に三宝あり、一に慈〈じ〉、二に倹〈けん〉、三に敢えて天下の先とならず」と処世の道のあり方を述べている。慈〈いつく〉しみの心を第一にあげている。慈しむとは弱い者を許すこと、助けてあげることである。飢えた人が食物を盗むのを見たら見逃す。それが慈の心である。

しかし遊ぶ金欲しさの強盗や地位・名誉を守るための犯罪は許さない。強い者に慈の心は及ばない。

会社の犯罪行為はいろいろあるが、犯罪でなければ会社は儲けるために何をしてもいいか。

ある精密部品メーカーの会長は「中国から何度も来てくれと要請があったが全部断った。行けば商売になるのは解っていますが、行きません。私が中国が嫌いだからです」と言っている。

たとえ非難されても自己の信念を貫く人、この会長はポピュリストと反対の人である。荒田の同志、やはり頑固一徹の人である。

〝節操〟とは好き嫌いをしっかりはっきり持つことである。自らを偽って嫌いなものに〝好きなふり〟をしないことである。