アイウィル 社員教育 研修日程

 

染谷和巳の『経営管理講座』

 

人材育成の新聞『ヤアーッ』より

 

「経営管理講座 366」   染谷和巳

 

 

社長に評価される上司

経営管理講座

 

社長は中間管理者、部下を持つ上司に多くを期待している。次の世代を人材に育ててほしいと願っている。上司はこの期待に応えるために部下育成に努めている…。「パワハラになるので部下は叱りません」と言う課長に「うん」とうなずく社長。こんな課長を認めていると会社は溶けてなくなるぞ。

 

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人工知能は経営管理できるか

 

三十年前、省力化のエースとしてコンピュータが登場。パソコンが急激な勢いで普及し始めた。

駅員がいちいちハサミで切符を切る代わりに、自動改札機が設置され「なるほど確かに省力化だ」と感心したものである。

事務処理はパソコンがするので事務の仕事は半減する。事務員はいらなくなると言われた。しかし県庁市役所の職員の数が減ったという話は聞いたことがない。相変らず増え続けているようである。一般の会社でも事務員が極端に少なくなった様子はない。

今はAI(人工知能)が人の代わりに多くの仕事をするようになるので、人がする仕事が減ると言われている。人と同じ感情を持ち、問題を発見して判断解決する能力を備えたロボットができつつあるから、経営や指導統率といった仕事もAIロボットが行い、社員はみなロボットに従い、ロボットに支配されることになる。

現実にコンピュータ制御の空港のチェックイン機が故障すると飛行機やパイロットに何の問題がなくても客は故障が直るまで待機させられる。電車は信号機が異常になるとストップする。運転手は目が見えるし運転技術もあるが自己判断で電車を動かすことはできない。復旧するまで三十分も一時間も停車。人が作った機械に人が支配される事態はもう始まっており、これからはこれがもっと日常的にもっと身近になる。時代がこの流れにあるのは確かである。

では会社は人がいらなくなるのか。オートメーションの自動車メーカーは今も大量の社員を抱えている。いくら機械化が進んでも一万台が百万台に増えればそれに見合う人が必要である。

またAIは本当に経営や指導統率ができるのか。チェスと将棋はAIが世界最強になり、囲碁もスパコン(AIの親玉)にたじたじでもうじき人が降参するだろう。これは時間の問題。こうしたゲームはAIの得意分野であり、変化が何十万通りあろうとそれをひとつひとつ潰して(人が判断して)いけば、〝つねにその時その場において最高最善の手を打つことができる〟レベルに達する。今後AIによって「源氏物語」を凌ぐ文学作品、モーツァルトより優れた音楽、ルノワールも脱帽する絵などが続続と出てくる。

会社の経営や管理においてもAIのほうがお金や物の分野では人より正確で速い判断ができるようになる。問題は人である。人を育て人を動かすのが経営管理である。人はそれぞれ心(感情)がある。仕事能力や技術に優劣があり、知識教養人格つまり人間性は千差万別。これに対応する正解は囲碁の何十万通りでは済まない。その百倍千倍の分析をしていかなくてはならない。

気の遠くなる年月とエネルギーを費やしてAIが人並みに経営管理ができるようになったとする。冷たいロボットではない。思いやりの心や義理人情を弁えた行動ができる。冗談を言うし冗談には声を出して笑う。厳しくやさしく社員を指導する。社員は〝神様〟の上司に心服する…。人間を支配する機械がついに完成!

このノーベル賞級の成功にどんな価値があるのか。

間違いや失敗がないことがそれほど価値あることなのか。おもしろくもおかしくもない、欠点がないということが最大の欠点の神様社長に奴隷となって使われるのが社員にとって幸福か。

大多数の人は自分と家族、子孫の幸福を願っている。世の中はこうしたまじめで勤勉な人が支えている。何億人もの人を犠牲にして世界征覇を目論む習近平のような〝大いなる野望〟の持ち主は奇異の人で、ヒトラーやスターリンと同類の狂人である。普通の人が尊敬して師と仰ぐ人ではない。

普通の人は欠点もあるがいいところもある今の社長、今の上司で不満はない。AI社長に代わってほしいとは思っていない。AI課長の元で仕事をしたいと思っていない。

ゲームソフトの開発を進めてきたらついにAI社長にまで到達した。しかしそれは会社の社員には余計なこと。迷惑な話でしかない。

経営者、指導者はAIなどをあてにしないで、己れの能力を磨き、人間性を高めて社員の幸福を実現する努力をするほうがいい。

 

 

 

難しくなる指導育成に備える

 

五月中旬、札幌の石上車輌㈱で有言実行研修の四回目と決まっている講義を行った。テーマは「社長に評価される中間管理者の条件」。

研修生は真剣に話を聞きメモをとった。いつも自ら講師になって社員教育をしている石上剛社長は、私の至らない点を補足してくれたりしたが、まずまず喜んでいただけたと思っている。

私の講義は五つのテーマのうちから一つ選んでもらっている。この「社長に評価される…」をその一つに入れたのには訳がある。

平成十年(一九九八)「社長に評価される上司になる本」を出した。売れなかった。題がよくない。熱血編集長が中見出し作りに気合いを入れて罵倒調、命令調のものを羅列した。内容は自信があったが売れなくて当然と思った。

二年後の平成十二年(二〇〇〇)「上司が鬼とならねば部下は動かず」が出た。売れた。題は出版社の編集長がつけたものだがこれがよかった。本屋で本をあさる人は初めの数ページを読んでみる。前書きの「ホームレス」に感じ、一章の冒頭の事例を読んで買った。出版社は売れると思っていなかったので広告もしなかった。それが本屋の店頭で売れ始め火がついた。誰もが驚く売れ行きになった。

この幸運な体験でしばらく浮かれて前の本のことはすっかり忘れていた。

平成二十五年、社員が「社長に評価されるがアマゾンで一万二千円ですって」と言った。定価千二百円の本が十倍の値が付いている。調べると事実であった。その訳を偶然お客様が教えてくれた。

同業の研修会社㈱新規開拓の朝倉千恵子社長がツイッターに「この本に感銘を受けた。教えられることがたくさんあり経営の指標にしている」と書き込んだ。朝倉社長が推薦してくれたのだ。朝倉社長のファンやお客様が「私も読んでみよう」と買った。絶版の古本なのですぐ在庫がなくなる。五千円一万円と値が付き、それでも売れるので一万二千円。

そんなことがあるんだと感心した。朝倉社長に感謝するとともに、書棚の奥から本を引っ張り出して読んだ。少し荒っぽいがいい内容である。

そこでこれを新たに講義のテーマに加えた。それともうひとつ、目の肥えた研修会社の社長が「いい」と言ってくれたのだ。他にも評価してくれる人はいるはずだ。

この本のいいところを生かし、土台と柱を残して新築同様の家を建てる。久しぶりに新しい本を出す意欲が湧いてきた。

単なる自慢話と思ってもらっても結構である。

これからの時代、上司(中間管理者)の部下育成はますます難しくなる。悩み困り果てている上司の心に、明るい将来と自信を与える本になればと思っている。

 

 

 

部下育成という任務を果たす

 

親は家の後継ぎを作るため、また一人前の社会人として暮らしていける人になってもらうため、子供を育てる。しつけをし、物の見方考え方(価値観)を教える。行動で示し、話して聞かせる。どこへ出しても恥ずかしくない人に育てるのは親の義務である。このまま放っておけば子が悪い道へ入っていくとわかれば、親は命をかけて子を諭し正す。言うことをきかなければ体罰を加える。泣く子を家の外に出して中に入れない。折檻は昔から親の子供に対する矯正教育法であった。

会社の部長課長といった上司は部下育成を任務としている。これからの会社を担う人材になってもらうため、教え、注意し叱る。よいところは認めほめる。日常のこうした行為によって部下は学び反省し自信をつけて成長する。

どこの国でもどの時代でも優れた上司は部下の言動に関心を持ち、部下の心に肉迫した。部下は「うるさい」「こわい」とその上司を煙たがるが、後になって「自分をここまで育ててくれたのは、あのうるさい課長だった」と気が付き感謝する。

会社も人から人へつないでいくもの。二十年三十年後の上司を育てるのは今の上司の義務である。

それにしては多くの上司が部下に無関心過ぎないか。

今後「パワハラ防止法」ができたら、「もう部下育成なんてしないほうがいいんだ」と一層、部下を放置するだろう。

だが部下育成を放棄すれば困るのは上司自身である。人に頼られることなく親しみを寄せられることのない寂しい、虚しい人生が待っているだけなのだ。