アイウィル 社員教育 研修日程

 

コラム『講師控え室』

 

人材育成の新聞『ヤアーッ』より

2018年10月号「講師控え室 115

 

「隣の庭は青く見えるんでしょうかね」。お客様との会話の中で何気なく言った一言。

電話を切るなり、女性の上司が渋い顔で声をかけてきた。

「庭ではなく、〝芝生〟が正しい諺よ」一瞬、言われた言葉の意味が理解できない。それくらい、自分自身の言葉に違和感がなかった。

「隣の芝生は青い、が正しい日本語よ」と、上司は改めて言い直してくれた。

自分の顔に赤い血が集まってゆく感覚がはっきりと分かった。ごまかし笑いを浮かべながら、デスクの中から辞書を出した。当たり前だと思いこんでいた言葉が、実は間違っていたと解った。

「読めるけど書けない」という漢字は、山ほどある。何となくおぼろげには頭の中に浮かんではくるが、正確に書くことができない。

実は私、学生時代に漢字検定二級に合格している。それなりに漢字は読めるし、書くことだって人より少しはマシにはできると思っていた。

しかしそれから約十年後、とんだ井の中の蛙だと思い知らされた。心配した先述の上司が、毎朝漢字テストを作成してくれている。足を向けて寝られない。「ああ、キソン。漢字ならすらすら読めるのに。キソン、書けない…」

また、辞書を引く。偏は臼に土。旁〈つくり〉はよく見るものだ。この字、〝毀損〟という熟語以外にはあまり見ないなあ…などとぼんやり思う。へえ、棄損という字でも問題ないのか。でも、毀を使った方が、より賢い人に見えるのかなあ…。

アイウィルに入社してすぐ、管理者養成研修を受けた。研修には辞書が必須だと言われて、学生時代に使っていた電子辞書を引っぱり出してきた。

「紙の辞書を一冊買って、自分だけの辞書にして見たら」

そう言って上司が見せてくれたのは、だいぶ年季の入った辞書だった。娘が使っていたのをそのまま使っているのだ、と開いて見せてくれたページには、何本もの赤線やラインマーカーが引かれていた。

「一度調べた言葉には、線を引いていくの。時間が空いてその言葉を忘れてしまったら、もう一度線を引く。もう覚えたぞ、もう忘れないぞ、と思いながらね。繰り返していくうちに、駆使できる言葉がどんどん増えていくよ」

衝撃的だった。本屋へ駆け込んだ。この時代に、アナログの辞書を買い求めるとは思ってもいなかった。

以来、私が辞書を引かない日はない。この辞書は私の財産である。きっと死ぬまで、線を引き続け、私の〝生きた証し〟になるだろう。(坂本利江子