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コラム『講師控え室』

 

人材育成の新聞『ヤアーッ』より

2021年1月号「講師控え室 139

 

日本にはたくさんの道がある。武道、華道その一つ、茶道の話。

先日、友人に誘われて参加したワークショップでの出来事。

「給湯流茶道の家元をしております」

主催者は至極真面目な顔で、自分の流派を名乗った。

はて。それほど茶道に詳しいわけではないが、表千家・裏千家くらいは聞いたことがある。キュウトウリュウ? 初めて耳にする流派である。

次に主催者の女性は、「本日ご用意した茶器です」と、私たちの前にそれを置いた。触れるのさえ躊躇〈ためら〉われるような高級茶器…ではなく、昭和の香りを感じさせるような子ども用の飯茶碗、海外の蚤〈のみ〉の市で買ったという粗悪なティーカップ、果てには紙コップを受け取った人までいた。

奇妙な茶席がはじまった。

戦国武将は、命を賭けた戦場で茶会を開いた。織田信長も、豊臣秀吉も、茶道をこよなく愛したという。現代における戦場は会社、まぎれもなくサラリーマンが生きる戦場である。その給湯室で、心の平穏を感じるお茶を一服。

これが給湯流の流儀である。給湯流家元は続ける。

「茶道具、茶菓子、床の間の掛軸まで、あるもので何でも構いません。侘び寂びを感じることができる想像力こそが大事なのです」

利休百首という、千利休が茶道の精神や茶人たるものの心得を歌にしてまとめたものがある。その中の一首。

習ひつつ

見てこそ習へ習わずに

善し悪し言ふは

愚なりけり

この言葉は、茶道にとどまらず、生きる上で非常に大切な教えだと私は思う。人から教わること、自分の知らないものに対して、素直に受け入れる態度が重要なのだ。

例えば、新入社員が数ヵ月で退職を願い出る。「この会社は自分には合わない」。はたして、会社の何を知ったというのだろう。知ろうとしないこと、理解しようとする努力をせずに、会社の悪口ばかり言う。これがまさしく「愚」である。愚者は会社が自分に合わなかったと言い、自分自身が会社に合わせなかったとは思わない。

世代が違う者においても、同じことが言える。若者の文化、進化し続けているものに対して、よく知りもしないのに十把一絡げにして批判してはいないか。逆に伝統を積み重ねてきたものに対して、触れもせず、時代遅れの年寄り好みと馬鹿にしてはいないか。

知ろうとする姿勢、それは老若男女いかなる人物にあっても尊い。知らないことを笑う者にはなるまい。(坂本利江子