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コラム『講師控え室』

 

人材育成の新聞『ヤアーッ』より

2021年3月号「講師控え室 141

 

一月下旬の朝、ある大学の校門前を通った。入学試験の会場。受験生は校門に集まり、学校関係職員が声を掛けていた。「おはようございます。受験生は健康検査カードを受け取ってから門を通ってください」。

皆が言うことを聞き、健康検査カードを受け取るべく列を作る。集団クラスター感染防止の一環なのだろう。

私の心に留まったのは「おはようございます」の挨拶に対して誰も反応しなかったこと。親子で会場に向かう姿も多々見られたが、親も子も挨拶を返すことはなかった。不特定多数に呼びかける挨拶ではあった。健康調査カードを主とする呼びかけでもあった。挨拶に応じることはないという認識。見ず知らずの人の挨拶を返す道理はない。現場にいた人たちの共通認識。

「礼儀(その一つが挨拶)は相手を大切に思う心を形に表したもの」である。新入社員研修で伝えている。自発的な挨拶を促すために話す。

見ず知らずの人には大切にする心が向くか否か。知り合いが校門前に立って挨拶をしたならば無反応ではないはずだが。

挨拶しないことへの批判。ここでは問わない。問いたい点は、あなたは相手を大切にする心で挨拶をしているかということ。さらに問うと、毎時毎回だ。

私の場合、していないほうが多い。大切に思う度合いが低いと自覚する。

その理由。人を特定していない場合、心を持たずに挨拶してしまう機会が多い。たとえば朝礼で皆に向けて挨拶する。個々と交わさない分、人に応じて変化するだろう心の窓の目や顔による感情表現も定まりにくい。互いにずっと顔を見ながら挨拶できるならばよい。誰に言っているのかが不明確の場合、挨拶された側も反応が鈍くなる。

また特定の場で用いられる挨拶。人ではなく場に向けた挨拶。たとえば食事前の「いただきます」がそう。動植物の命を食らい、自分自身の血肉にして「いただいている」と感謝をする人はどれだけいるか。言葉では言うが、発する言葉と心持ちは本当に結びついているか。思いを馳せるまでの意識的な働きかけがないかぎり、挨拶は形式上の声かけに成り下がる。

日本は挨拶が多い礼儀国。日本人はよく挨拶をする。現状はしているようで実が伴っていないことが大半。声にするのみ。心まで伴っていない。心をもった挨拶を示していきたい。

心は見えない。相手に目と体を向ける。大きな声を出す。笑顔を見せる。きちんと形で示すこと。あなたが「おはよう」にも心を込めることで、同職場内での挨拶の反応と数が増えたならばうれしい。(正木元