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コラム『講師控え室』

 

人材育成の新聞『ヤアーッ』より

2022年4月号「講師控え室 154

 

日本文学に興味を持ったのは、『源氏物語』がきっかけだった。

高校時代、古典の授業で習った「桐壺」と「若紫」。主人公である光源氏の出生と、彼の最愛の妻である紫上との出逢いの場面である。

特に高校における古文は、暗記科目だといわれる。文法の勉強さえすればテストで高得点がもらえる科目。けれど、そんな打算がもったいなく感じられるほど、物語自体をもっと知りたくなった。

私の古文の担当教師は、自分が担任を受け持つ教室に、マンガ版の源氏物語を置いていた。誰にも見向きもされず、静かに教室の隅に並べられた本たちが、流行りの雑誌やマンガ本よりも魅力的に思えた。

ストーリーを追うことが目的なら、マンガは適した材料だった。光源氏と数多の姫君たちのロマンスは、日本古典文学というハードルを著しく下げてくれたのだった。

進路は、文学部人文学科日本文学専攻となった。

大学へ進んでも、相変わらず文法は苦手。それでも、原文や専門書に触れられる環境になったおかげで、関心はよりいっそう深くなった。

どこか少女マンガを読んでいるような感覚だったものが、千年の時を越えて読み継がれてきた文学作品に対する敬意に変わっていった。

作品をより知ってゆくにつれて、驚いたことが三つ。

一つ目は、光源氏は一般的なヒーローではないこと。時の天皇の皇子というこの上ない高貴な身分として生まれ、類いまれな美貌と才能にも恵まれている光。けれど、決して順風満帆の主人公ではない。政治闘争に巻きこまれ、流刑同然で都を離れる。生涯でもっとも愛した継母には、最後まで心の一線を引かれたまま出家されてしまう。継母との不義が、自分の身にも因果応報で返ってくる。そのたびに涙を流す光源氏は、女を惹きつけてやまないありがちなイメージとは違っている。

二つ目は、寓意(ぐうい)の巧さ。たとえば、晩年光源氏が住まう屋敷は六条院という。そこを春夏秋冬の四つの町に分け、妻たちを女主人として住まわせる。四季全てを手中に収める。つまり、この世を光源氏のものとする、紫式部の美しい表現である。

三つ目は、物語から当時の風俗が多数読み取れる、資料的価値の高さ。和歌、雅楽、衣装の色目、香など、当時の流行が色濃く反映されている。また、末法思想という仏教的背景も、登場人物たちの心象に影響を及ぼしている。

『源氏物語』の知識が高校時代で止まっているなら、非常にもったいない。(坂本利江子