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染谷和巳の『経営管理講座』

 

人材育成の新聞『ヤアーッ』より

 

「経営管理講座 370」   染谷和巳

 

 

個性と創造力の考え方

経営管理講座

 

忠誠心のある従順なイエスマンの中に商品開発や技術改革をなしとげる創造力の持ち主が多いのだが、大半の会社はこの社員に創造的仕事で活躍する場を与えずルーチンワークに埋没させている。かといって創造力はあるが組織に順応しないノーマンをうまく生かして使うこともできない。

 

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仕事はできるが扱いづらい人

 

若い頃、荒田は転職を繰り返し、二十八歳の時に今の会社に腰を落ちつけた。

社員三十人ほどの小企業だが、発展が見込めると読んだのか、先輩や同期はみな有名大学を出ていた。

荒田は新製品の開発で力を発揮した。荒田が蹴落としたわけではないが、先輩三人と同期の一人が〝見切り〟をつけて辞めて行った。

三十二歳で課長になった。社長がヨソから部長を連れて来た。部長は人当たりはいいが開発能力のない上司であることを荒田はすぐに見抜いた。実質的開発責任者は荒田である。荒田は内心部長をばかにした。その軽視が言葉や態度のはしばしに現れた。

荒田は前ぶれもなく営業に配置換えされた。社長の古くからの知り合いである部長が画策したと察せられた。

荒田は全国の拠点作りに飛び回った。事務所捜しから人の採用まで獅子奮迅。七つの営業所の立ち上げを成し遂げた。

荒田の働きもあり、会社はホップステップジャンプと飛躍し、十年後には社員二百人、株式上場の話が持ち込まれる業界トップ企業になっていた。

当然大幹部のはずの荒田はまだ平の部長で一年後輩の和田が創業期からの先輩にまじって取締役になっていた。

荒田には大きい欠点があった。社会性に欠けていた。礼儀知らずであった。組織の中では〝はみ出し者〟の部類に属した。仕事は独断専行が多く、上司への報告が極端に少なかった。それでいてよく上司に噛みついた。

「専務、考えておくと言ってもう十日たちます。早く決めてください。専務が決められないなら、私の案で行きますよ」

「それはおかしい。社長、本気で言っているんですか。考え直してください。やめたほうがいい」

「上の顔色ばかり伺って常務は自分の考えがないんですか。自分の意見をはっきり言ったことがないではないですか」

「うちの管理者はみな部下に甘い。教育や指導が全くできない。これじゃ部下が育つわけがない。素質のある人が何人も辞めているが上司の責任だ」

社長だろうと専務だろうと直接ズケズケ言う。相手の心が傷ついていることなど斟酌〈しんしゃく〉しない。そのうえどっちが上司か解らない乱暴な言葉遣いである。社長が怒りをこらえて「ひでえことを言うなあ」とつぶやいてプイッと背を向けたこともあった。

部下に対しても同じ。荒田の容赦ない人を刺す言葉に部下は萎縮し、女性は悔し涙を流した。

一方の和田取締役は、特に社長の覚えがよかった。よく報告した。おそらく荒田の十倍は密に報告していたろう、たまたまではあるが社長の自宅の近くに家を買った。事務所に社長の大きい写真を飾った。もちろん仕事はできた。

部下指導は注意する叱るよりも認めるほめるを多用した。部下は期待に応えようとよく働いた。

社長は荒田の部門と和田の部門を競わせた。先行していた荒田は並ばれ追い抜かれた。荒田はあせった。商品の大幅値引きを独断で行い処罰され会社を辞めた。

それから十年して、和田が社長になったと荒田は風の便りに聞いた。

 

 

 

ノーマンとイエスマンの比較

 

有名な教育評論家の論説。

「少し扱いづらい社員、上司の言うことを聞かない部下をそれだけの理由で切り捨てていけば会社は衰退する。会社に必要なのは何でもはいはい聞く従順なイエスマンではなく、反対を押し切っても果敢に進む個性と創造力のある人である。よってこれから成長する会社は、一見ばらばらに見える多様な個性を会社の創造的な目的に向けて収斂〈しゅうれん〉させていくことができる会社である。言い換えれば、立場の違いを乗り越えて、お互いの個性を尊重し合い、創造力を高めていくことができる人が集まる会社である」。

この教育評論家は中小企業の現実をよく知らないようである。

第一に、扱いづらい社員、上司の言うことを聞かない社員は個性的で創造力のある人か。

問題の社員は会社の規則規定を守らない人、時間にルーズな人、仕事の選り好みをする人、雑用を嫌がる人、上司の指示どおり動かない人、仲間に協力しない人、無礼な言葉遣いや態度の人である。こうした人は社会人として未熟な人、組織に適応できない人、自分さえよければの利己的な人である。

確かにまわりと異質なので目立つ存在である。破れジーパンに鼻ピアス…。こんな個性は会社が求める個性とは全く関係ない。創造力のカケラも感じられない。

こんな社員を切り捨てなければ会社が潰れる。そもそも入社お断わりの人である。いくら人が足りなくても採用すればお荷物になるだけ。

現在日本に一一〇万人いると言われるニート族(働く意思と意欲のない浪人群)の大半はまともな会社に拒絶された人である。

第二に従順なイエスマンは会社に必要ないか。イエスマンは個性創造力がないか。

会社に必要なのは会社の理念や方針に反発し、上司の指示に従わないノーマンか。

従順を反個性、反創造力と直結させるのは短絡的。従順とは上司(権力)にすなおに従う様子をいう。その人の個性創造力の有無ははかれない。

反抗するノーマンにも従順なイエスマンにも創造力のある人はいる。創造力の源は情熱と意欲と行動力である。これを持つノーマンもいるということだ。

しかし創造力のある人はイエスマンが圧倒的に多い。従順を掘っていくと根っ子に〝忠誠心〟がある。この忠誠心が情熱と意欲と行動力を燃え上がらせる。ノーマンは会社に対する忠誠心がない。だから会社のためになる創造的仕事ができない。

この教育評論家は、言われたことはすなおにするが、言われなければ動かない指示待ち症候群といわれる鈍い社員を頭に描いて、イエスマンを否定しているのだろう。

こんな低温低層のイエスマンもいるが、燃える高温度のイエスマンが少なくない。こうしたイエスマンが会社を支え、改革し、成長させる柱になっている。

第三に創造力を高めるために多様な個性を収斂する。そのため立場の違いを乗り越えてお互いの個性を尊重し合うという考え方は危険極まりない。

会社という組織で立場の違いを乗り越えていいのは、飲み会の〝無礼講〟時と、休日に一緒に遊ぶ時くらいである。それ以外は上下関係を崩してはならない。上下の垣根を取っぱらって(立場の違いを乗り越えて)お友だちや仲間になれば、部下は上司に従わなくなる。上司の命令が通らなくなる、仕事が前へ進まなくなる。

この教育評論家は、学校で児童生徒の位置に先生が降りて行くことで、「子供は自由でのびのび個性を伸ばすことができる、先生は上から子供を押さえつけてはならない」という思想をそのまま会社に当てはめている。

自主性と個性を尊重する目的で、先生がお友だちになることが子供をよりよく育てるという思想の実践が明らかに失敗だったとわかった今もなお、「お互いの立場を乗り越えて」という奇妙な表現で差別反対、みんな平等で個性を尊重しようという。

この考えでは会社は健康を維持できないし、成長も存続も見込めない。

よってこの先生の主張は会社が肯定採用してはならないもので、無視してごみ箱に捨てるほうが無難だろう。

 

 

 

上下関係の枠の外で使うなら

 

実績を上げても部下を持つ役職につけてはならない人がいる。物作りの職人、研究者、芸術家などである。会社はこうした人材は専門職として別格に厚遇する。社長はこの鉄則を知らなかった。

荒田をラインの長にして部下を持たせ、ルーチンワークで実績を上げることを期待した。

期待外れだった。荒田は組織不適格のノーマンだった。社長は許可も得ずに勝手な仕事をする荒田を反省させようと懲罰会議を開いた。

荒田は前もって用意していた辞表を出した。社長は絶句して青くなった。ちょっとお灸を据えるつもりが大事になってしまった、と。

荒田が去った後、新製品は発表されなかった。会社は培ったブランド力と和田の営業力で現在も存続しているが。

もしあなたの会社に荒田のような社員がいたら? いれば幸運である。その人を生かして使えば会社は成長する。荒田の会社がそうだったように株式上場の話が出る規模までは成長する…。