アイウィル 社員教育 研修日程

 

染谷和巳の『経営管理講座』

 

人材育成の新聞『ヤアーッ』より

 

「経営管理講座 384」   染谷和巳

 

社員教育中止の?末は

経営管理講座

 

情報伝達の電子機器の発達と普及のおかげで、行動を制限されても多くの会社が生きのびている。しかし五年後三年後そのツケが必ず回ってくる。会社は依存癖が付いた頭も心もふにゃふにゃの社員しかいなくなり、もう国も援けてくれなくなり途方にくれる。そうならないため今なすべきは。

 

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考える力はもういらないのか

 

研修の初めに〝意義と目的〟を話す。目的は三つある、第一に習慣を変える、第二に考える力を伸ばす、第三に意識を高める、日本語の意味解りますねと始める。

二番目の考える力。

すべての仕事は頭でする。肉体労働者といわれる建設現場の作業員も頭が悪い(考える力がない)人は仕事ができない。

最もダメな人は言われたことがそのとおりできない人。現場監督に「言ったとおりやれ!」「何度言ったら解るんだ」と怒られている。考える力ゼロの人である。

考えるは言葉と数字(知識)でする。人は頭の中で言葉と数字をつなげて話す。言葉と数字をつなげて書く。これが幅広く深く自在に行える人が考える力がある人。うまくつなげることができない人が考える力が弱い人。知識はあるがそれを応用できない人である。知識の応用を知恵という。知恵を〝教養〟という。教養がない人が考える力がない人、仕事ができない人ということになる。

あなたの考える力はどの程度か。零点ではない。言われたことを理解して行うことができる、このレベルであろう。これは考える力があるレベルとは言えない。

考える力がある人は問題発見、問題解決ができる。上司に「やれ」と言われたことに「はい、かしこまりました」とただちに取り掛かるが、瞬時に頭が働く。「もっと速くできないか、効果をあげられないか、もっといい方法はないか」。上司の指示命令にいつも自分の考えをプラスして仕事をすることができる人である。

会議やミーティングで「こうしたほうがいいのではないでしょうか」と提案し、また「社長、お言葉を返すようですが」と反対意見を堂堂と述べる。これが考える力があると言われるレベルである。

一〇〇点満点で六〇点以上が考える力があるとすると、現在のあなたは三〇点。なぜそう言えるかというと日本人の平均が三〇点だからである。知識はあるがそれをつなげて知恵にできない、教養に欠けるレベルである。

現在三〇点だがこれから上昇の期待はできない。ますます下降すると予測できる。

なぜか。

仕事でパソコン、携帯電話、電卓を毎日使っている。速くて正確で便利である。これらなしでは仕事にならない。

この道具は電気で動いている。頭の代りを電気がしている。その間、頭は楽をしている、休んでいる。

足を使わなければ足が衰える。頭を使わなければ頭が衰える。知恵の元の知識がだんだん減っていく。漢字を忘れる。計算ができなくなる。二桁のたし算引き算ができない。計算が必要になると暗算筆算をしないで電卓を捜す。三〇点が二〇点になり一〇点になり…。

日本人だけではないが人はデジタル化、人工知能、オンラインなど正確で速くて大量に情報を処理するコンピュータに依存することによって自分の頭を使わなくなり、考える力を失っている。

考える力のベースの知識は大事だが、知識はあくまでも点であり、それをつなげなければ知恵にはならない。「どうすれば」を考えて答を出せる人が仕事ができる人である。テレビのクイズ番組で優秀な成績をあげる人が仕事ができる人ではない。「知っている」だけでは有能な人とは言えない。

研修では自分の頭を使ってたくさん読み、たくさん書き、たくさん計算することによって考える力が伸びると教える。六ヵ月間読み書き計算漬けの日を送ることによって、知識と知識をつなげるニューロン(情報処理と伝達を司る脳の神経細胞)が増殖活性化する。頭を使わなければニューロンが衰弱し、問題を前にして「どうすればいいか」判断できない人になる。

この考える力を伸ばす研修は会社の指導者や社員に必須の教育であった。「あった」と過去形で言ったのは、現在「いらない」「必要ない」と背を向ける人が急激に増えてきているからである。

 

 

 

知恵と教養の衰退を憂慮する

 

研修ユーザーの社長が言う。

「お宅も大変でしょう。アイウィルのような会社主導の社員教育はもう終りでしょう。これからは個人がお金を出して学ぶ教育が主流になる。この方向に転換していかないと生き残れないのでは」

在宅勤務、リモートだオンラインだと働き方が変わった。これにともない結果だけ重視する個人の役割分担を明示した契約主義に変えなくてはという考え方が勢いを増している。

先号でも触れたが日本の会社もアメリカ流の契約雇用になっていくという説である。

日本的経営の忠誠心や同志的結合(家族意識)を社員に求める〝人材育成〟の教育はもういらないという説である。これを行うアイウィルのような研修会社は存在できないということである。

この方向、この流れでいいのか。

大学の授業が電子機器を通じての遠隔間接のオンライン方式で行われるのが常識化しつつあることに対し、小堀桂一郎は「教養教育の『萎縮』を憂慮する」と論じている。

「大学とは機器による通信のみを以て知識を受領し、その単位の蓄積を以て自分が必要とする資格を買ひ取る施設に過ぎない、といふ不詳な認識が現に生じて来てゐるらしい。斯かる事態に決定的に欠けてゐるのが、大学とは元来知識の販売所ではない、教養形成の場であるとの本源的認識である」(産経新聞「正論」十一月二十五日)

知識だけでなく学生は古典的人文的教養を身につけながら、教師や仲間との直接対面によって、指導のあり方を学び、切磋琢磨、達成感と友情の育成の場を持つことによって教養を高める。人間対人間の暖かい接触の場がなければ教養ある人士は出てこないと氏は憂いている。

広い視野を持ち深い考察ができる人が教養ある人である。

国を動かす政治家や官僚に第一に求められる条件であるが、会社の経営者や幹部など指導的立場にある人にも必要な条件である。ということは将来こうした地位に就くであろう社員やこれから会社に入る学生にも教養ある人であることが求められる。

セミナー講師・丸淳一は自分の経営体験から『気づいたらすぐやる人が成功する人』という本を出した。その中で「どうすればいいか」がパッと浮かんで行動に移す〝実務型頭脳〟の持ち主が成功すると言っている。これが日常求められる〝考える力〟である。

考える力のもう一つの側面が大局観と先見性、つまり教養による英断、改革ができる頭脳である。

オンライン授業が知識だけで教養のない学生を作り、オンラインの在宅勤務が会社と社員(個人)は契約による対等の関係というアメリカ流の意識を強くする。自分の仕事だけすれば後は一切関係ないという視野狭窄の頭の持ち主になる。やはり考える力が衰えた人になる。

 

 

日本的経営を守り抜く意志を

 

毎年三月、四月に新人研修を行なっているお客様がキャンセルを言ってきた。「会社としてはやりたいが新人社員の家族が反対するので」と担当者。

こうしたキャンセル組大手五社のうち二社が半年後の今、新人研修を行なった。

遅い、鈍い、暗い、学生気分のふやけた顔のままである。上司が「使い物にならないから例年の研修をやってくれ」と要請した。社長も新人の質が悪いのが気になっていたので決断した。

マスクを着けての研修が行われた。二泊三日の第一ステップを終えただけだが、「やってよかった、ありがとう」とお客様から感謝の声をいただいた。行動四原則の大きな声で、キビキビ行動、自分から挨拶、明るい笑顔ができるようになり雰囲気がガラッと変わったと。

休日を増やし労働時間を減らす働き方改革と武漢ウイルスによる在宅勤務で社員の行動の習慣が変わった。パソコンとスマホ画面を一日見ているので考える力が衰弱した。会社があまりに優遇してくれるので、社員はますます自己中心になり、ちょっとした困難でも「できない、無理」と逃げ回る。その結果自分が窮地に立つと「援けてくれ」と泣きつく。

習慣を変える、考える力を伸ばす、意識を高めるという三つの目的を達成する研修は今後さらに必要とされる。ふやけきった社員を矯め直さなければ、会社はやっていけないからである。

予期せぬ大波にたじろいで我を忘れ、尻尾を巻いて逃げてはならない。現在のような逆風下で特に会社の経営者は強い意志を持って、勤勉と倹約そして家族意識や社員教育で成り立つ日本的経営の美点を守りぬいていかなくてはならない。