アイウィル 社員教育 研修日程

 

染谷和巳の『経営管理講座』

 

人材育成の新聞『ヤアーッ』より

 

「経営管理講座 386」   染谷和巳

 

この価値観で勝てるか

経営管理講座

 

現代人は「やさしい」「かわいい」「おいしい」「きれい」「格好いい」「楽しい」に価値を置き、これを基に判断行動している。テレビはこれを提供して視聴率を稼ぎ、企業はこれを満たす商品やサービスを売っている。かつての小道〈こみち〉が大道〈だいどう〉になった。この大道を人は安心し切って歩いているが…。

 

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戦わない社員に危機感を覚え

 

機械・工具の販売とレンタルの三友鋼機グループ(千葉県姉ヶ崎市)は本社と全国拠点十二班に一年間の「有言実行研修」を行った。丸二年近くかけて最近すべて修了した。

石坂社長は「社員の意識が高くなり、組織が強くなり、業績が向上した。やってよかった」と語っている。

研修の四回目(四ヵ月目)に私が二時間話をする。五つのテーマのうちから選んでもらう。三友鋼機は「この価値観で戦いに勝てるか」を選んだ。私は十二回(十二班に)同じ話をした。

このテーマを選んだ理由は「価値観」よりも「戦いに勝つ」にあった。戦う姿勢、戦っている意識が薄い。ライバルに客をとられても平然としている。客のところに出向いて「ぜひうちに」と頭を下げる社員はいない。「サービスや価格の競争で負けるな」「競ったら諦めずに最後は競り勝て」「ライバルが入っているからと売り込みに行かないなら新規の開拓はできない」とハッパをかけるが行動は変わらない。「戦う社員になれ!」という話をしてくれということである。

〝戦い〟というとすぐ戦争を思い浮かべてイヤな顔をする人がいるが、勝ち負けを競うスポーツや囲碁将棋などのゲームはすべて戦いであり、会社に勤めている社員がしている仕事の大部分が戦いである。

ライバルとの競争、社員同士の出世競争だけではない。営業マンの契約高争いだけではない。研究開発や製造の仕事も成功と失敗があり、能力差があり優劣の差がある。成果をあげられない人は敗者となる。

仕事は戦いである。この本質がどこかに吹っ飛んでしまい、負けてもヘラヘラ笑っている社員を見ると、トップは怒りがこみあげてジダンダ踏む。「おい、ライバルに客をとられてくやしくないのか。俺はくやしい。行ってとり返してこい。とり返せるまで帰ってくるな!」と怒鳴りつけてしまう。パワハラになるなんて気にしてはいられない。

経営者養成研修の「囲碁と経営」セミナー講師山下功は千葉の地元で長年〝山下塾〟を開き子供に囲碁を教えている。山下は「負けて泣く子は必ず強くなります」と言っている。戦いに負けてくやし泣きする子は言わなくても自ら練習、勉強、努力をしてぐんぐん上達するそうである。

戦う意識が薄れたのはいつからか。おそらく昭和の後半から平成初期の高度成長とバブル景気の頃からである。

先人の血を吐くような復興の努力によって経済大国になった。生活が豊かになり、人手不足で学生は揉み手で迎えられ、仕事をしないうちから〝お客様座布団〟に誘われた。独身の男女は遊興費に不自由することなく、これが〝遊び産業〟を成長させた。

昭和二十年戦争に勝って日本を占領したアメリカは「日本を二度と戦えない国にする」方策をつぎつぎ施行した。

新憲法の制定をはじめ学校教育においては教科書から日本の偉人英雄を消し去り、リンカーンやワシントンなど自国の偉人を大きく扱わせ、教師には「日本は悪い国」という自虐史観を叩き込んで子供に教えさせた。新聞ラジオのマスコミにも言論統制を行った。

同時に「国のために命を投げ出す」恐怖の特攻隊のごとき非人道的精神の持ち主を二度と作ってはならないと、国家の方針として3Sを推進させた。

3Sはスポーツ・スクリーン・セックスである。プロ野球ができ(アメリカ以外にプロ野球があるのは韓国と台湾で世界四カ国)、全国にハリウッドの映画が観られる映画館ができ、キャバレー、クラブ、トルコ風呂などセックス産業が隆盛を誇った。

経済的ゆとりとこの3S政策によって〝戦い〟を忌み嫌い、享楽に溺れることを幸福とする人ができた。「楽しくなければ人生ではない」という〝名言〟にうなずく人ができた。

これが戦意をなくして安逸の道を行く人を多産した経緯である。この価値観の変容に危機感を覚えていたのが三友鋼機であった。

 

 

 

米国が日本の価値観を変えた

 

日販、東販など本の取り次ぎ会社の凋落は著しい。出版社と書店を仲介するサービス業だが、いつしか殿様商売になり両方のお客様に威張った。

出版社は多く売りたいので多く引き受けてもらいたい。取り次ぎの窓口に出向いて頭を下げる。取り次ぎは新刊書を書店の意向などおかまいなく一方的に送り付ける。書店は毎日送られる本の中身を検討することなく(これは書店もよくない)、返本する。

書店と同じように扱う本の吟味を取り次ぎはしなければならない。殿様になったのでこの面倒な仕事を真剣にしなくなった。

書店の売場は漫画やノウハウ本が占領し、出版社は〝いい本〟を作る意欲を失った。

そこに突然怪物アマゾン㈱が登場した。

アメリカワシントン州でわずか二十六年前(一九九五)に創業した。現在日本をはじめ世界一七五ヵ所に物流センターを設けて「インターネットによる小売店」を展開している。

「本を買うならアマゾン」が定着したのはつい十年前であるが、既に盤石の〝常識〟になっている。

よく本を読む人は欲しい本があっても書店に行かなくなった。新聞に広告や書評が載っている本でも本屋にない。注文すると半月一ヵ月かかる。それを書店に取りに行かなければならない。

アマゾンに頼むとどんな本も一両日中に手元に届く。

さらに一度購入したのと同じ分野の本、同じ著者の本を「こんな本はいかがですか」と何冊かメールで紹介してくる。AI(人工知能)を駆使した販売促進である(日本は政府がこれからデジタル庁を作るそうだが、このアメリカの個人企業に追い付くことはできないだろう)。

勝ってもあぐらをかくことなく前進、拡大つまり〝戦い〟を続ける。アマゾンの社是は「地球上で最もお客様を大切にする企業を目指す」だそうである。

かつては日販東販などの取り次ぎ大手がベストセラーの数字を出していたが、現在はアマゾンのベストセラーランキングのほうが信憑〈しんぴょう〉性が高く、出版社はその数字に一喜一憂している。

まじめな本を出している出版社の社長が「取り次ぎ社の引き受け部数は以前の五分の一、十分の一に減っている。だから我々も期待しなくなっています」と言っていた。勝負はついた。

アメリカは核兵器をはじめ世界一の武器と軍隊を持つ軍事国家である。ビジネスでも戦いに勝つことに最高の価値を置く戦闘的な国である。その国が日本を戦えない国、戦わない人の国にした。

かつての日本人の価値観はアメリカの力で意図的に変えられた。

3Sに溺れさせるという卑近な手段と並行してアメリカ流民主主義〝思想〟を押しつけた。

自由、平等、個人主義、人権尊重、差別反対といった金科玉条であり、誰も反対したり否定する人はいない価値観である。

かつての日本は家(家族、一族、村、会社、国など自分が所属する組織や集団)と師(親、先生、大人、老人)に価値を置いた。

個人や自由の上に家や師が載っていた。個人は親の言うことを聞き、家のために自分を抑え我慢して尽くした。

自分が一番偉いのではない。何をしようと自由ではない。家に従い上の言うことを聞いてこそ、人は認められ尊重された。

この価値観が個人中心に変わった。子供と親が平等になった。親はしつけのためでも叱ったり叩いたりできなくなった。生徒と先生が平等になった。上司が部下を叱ると部下が「パワハラだ」と訴えるようになった。

個人主義、自己中心が戦いから逃げ、「かわいいね」「おいしいね」の低俗な価値観の人を作った。

 

 

 

捨ててきた価値観を見なおす

 

アメリカの家庭では、昔の日本のように父親が権限を持って威張っている。学校では先生が生徒から恐れられ尊敬されている。企業では部下が上司に気に入られようと懸命にごまをすっている。

自由平等を教えた国が〝個人が一番〟ではなく上下関係重視、組織優先の、かつての日本の価値観を保持している。

捨ててきたもの、我々のかつての価値観、勤勉、倹約、自己抑制、忍耐力、勇気、自立、闘争心、名誉そして道徳、公徳心といったものを一つ一つ見直す時が来ている。元に戻ることは難しいが、今以上の軟化と堕落は阻止しなければならないのではないか。