アイウィル 社員教育 研修日程

 

染谷和巳の『経営管理講座』

 

人材育成の新聞『ヤアーッ』より

 

「経営管理講座 387」   染谷和巳

 

じょ の精神喪失の日本人

経営管理講座

 

週刊誌が人の秘密や恥部を暴くのはそれが商売だから仕方ないが、国会の野党の面々や新聞テレビのジャーナリストが大局を忘れて小さい傷を突っつき回して吊るし首にする〝事件〟が頻発している。普通の人も「そうだ、やっちゃえ!」と後押しする。これが変だという自覚がないのが恐い。

 

    PDF版は右の画像をクリック⇒

 

気にくわないからやっちまえ

 

五十人の社員に「指導者として成功するための十三の条件」を配り、読書感想文を提出させた会社がある。社長は「今まで知らなかった社員の一面をいろいろ知ることができてためになりました。ある女性社員は『女性蔑視だ』と書いていました」と言った。

私は、はははと笑って「どの部分が女性蔑視なんですか」と聞きそびれた。今もどの文章が女性蔑視なのか思い当たらない。教えていただきたい。

オリンピック組織委員会の会長を辞任した森喜朗元総理大臣も初めは自分の二月三日の発言の何が女性蔑視になるのか目を白黒させたに違いない。森発言の主要部分を紹介する。

「女性理事を選ぶっていうのは文科省がうるさく言うんです。だけど女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる。

ラグビー協会、今までの倍の時間がかかる。女性は今五人か。女性っていうのは競争意識が強い。誰か一人が手を挙げて言われると、自分も言わないといけないと思うんでしょうね。それで、みんな発言される。

女性の数を増やしていく場合は、この発言の時間も、ある程度は規制しておかないと、なかなか終わらないので困る、と誰かが言っていた。

私どもの組織委員会には女性が七人くらいおられる。みんなわきまえておられて、みんな競技団体のご出身で、国際的に大きな場を踏んでおられる方々ばかりですから、お話も的を射た発言をされて、非常にわれわれも役立っている。(したがって)欠員があると、すぐ女性を選ぼうということになるわけです」

この発言のどこが女性蔑視か。組織委員会の女性メンバーは的を射た発言をして役立っているが、ラグビー協会の女性の中にむだなことを言って話し合いの時間を二倍にしている人がいて困ったものだ。一人当たりの発言時間を決めるなどしないと前に進まないと誰かが言っていたという部分だろう。

「心得る」と言うべきを「わきまえる」と言ったのが蔑視だとしたり顔で説く人がいるが、長年文章の読み書きをしている私には理解できない。

理事の女性の一人が悪びれず「これ、私のことです」と名乗り出た。被害者として森氏を非難している様子はない。思い当たることがあるといった顔である。

この人が謝らずに森会長が謝った。謝ったがリンチ集団は許さなかった。

誰かが「女性蔑視だ」と言った。毎度のごとく人権活動家、新聞テレビなどのマスコミ、国会の野党が「そうだ、そうだ」と囃し非難の声は冬の山火事のようにまたたく間に広がった。

二人の子を育てあげた中年女性は「こんなこと、以前はニュースにもならなかったでしょ。この程度のことで叩かれる森さんがかわいそう。世の中変です。それとも私が変なのかしら…」と言っていた。

この程度の火は普通は二日もたてば消える。良識あるサイレント・マジョリティ(静かな多勢)は声を挙げず鎮火を待った。今回はそうはならなかった。

政権与党の自民党公明党の議員が批判し、大臣が「けしからん」と言い、庇〈かば〉ってくれるはずの菅総理までが擁護せずに突き放した。この総理同様、森氏の会長としての働きを熟知しているはずのトヨタなどオリンピックのスポンサーのトップも「いけませんな」と批判した。

日本語の読み書きがほとんどできないテニスの大坂なおみ選手が誰にたきつけられたか、感情的に森氏の「性差別」を非難した。これをとりあげてアメリカのテレビ局NBCが「森氏は去らねばならない」と断じた。NBCはオリンピックに莫大な放映権料を支払う契約をしている大スポンサーである。

もし森氏が火に逆らって「何がいかん!」と反撃し、こうしたスポンサーが「なら降りる」となったらオリンピックは開けない。森氏はスポンサーの批判を聞いて辞任を決めた。

橋本聖子氏が新会長に就任して山火事は鎮火した。しかしこの小さい問題、集団リンチの成功は社会に巨大な悪魔の影を落とした。良識派が「くだらない」と嘲笑して、喉元過ぎればと忘れて済むことではないのである。

 

 

 

差別反対なら種目一本化せよ

 

その黒い影は町を覆い人々を飲みつくした。人々は影の存在に気付かずに口々に抗議の声をあげている。

その手には差別反対、平等、人権尊重、弱者保護、パワハラセクハラ、過労死、隠蔽〈いんぺい〉、改竄〈かいざん〉、偽造、談合とありとあらゆる〝正義〟の武器が握られている。その武器を振りかざして獲物を追い詰めて屠〈ほふ〉るのだ。先兵はマスコミと市民活動家それと情報の受信発信にたけたSNSを駆使するフツウの人である。

これは下が上をいじめる逆パワハラに似ているが、新型のハラスメントでまだ名前が付けられていない。

誰もが武器を手にいじめに参加できる時代、それも小さい傷を追及して大問題にし時には相手の命を奪うことができる時代になった。

二月二十五日の産經新聞に「組織委に男女平等チーム」という記事があった。

お、ついにオリンピックを男女平等にする運動を始めるのかと思った。

一九〇〇(明治三十三)年のパリ大会でテニスとゴルフの女子種目が採用された。大会ごとに女子種目が増え、二〇一二(平成二十四)年ロンドン大会でボクシングが採用され全種目男女別が完成した。

今年の東京オリンピックで男女混合競技が七種目新設されるというが、男と女が直接戦うものではない。男女ペアのダブルスや男女混合のリレー競技である。

男女平等とは種目を一本化し同じ土俵で戦うことである。

最近のオリンピックの一〇〇m走の優勝タイムは男子九秒七、女子一〇秒七で一秒違う。男と女が一緒に走れば一〇mの差が付く。女子の金メダルはプロ野球でいえば二軍の選手に与えられるものといえる。

男女平等を断行してメダルを一本化すればメダルに達する女子はほとんどいなくなる。

もともとオリンピックは戦争での戦士に求められる能力を競うものとして生まれた。格闘技はもとより、走る、跳ぶ、投げるなどの競技も強い戦士を作る訓練として行われ、それがスポーツになった。戦争は男がするもので女は筋肉を使う活動を苦手としていた。当初オリンピックは男だけの参加で、男女別種目が完成したのはさきに述べたようについ最近の平成二十四年である。

これは男も女も全て平等という民主主義の考えに反している。本当に平等なら男女差別をやめて〝人間〟一本にしなければならない。

これを日本の組織委が「男女平等チーム」を作って訴えていくのかと思った。記事を読むとどうも違うようだった。

数日後また「平等チーム」の記事が載った。「組織委は女性理事七人を十二人増やし十九人にした。定員は三十五人から四十五人になり女性が二〇%から四〇%に」これが平等チームのしたことである。年齢、能力、経験の差は考えず、ただ男女の頭数の平等のみ。「はい、差別をなくしました」と上っ面をつくろっただけである。

男女平等を徹底するならオリンピックの女子種目を全廃して競技を一本化しなければならない。

それをせずにこじつけのような理由で大役を大病を押して行ってきた森会長を叩き潰すなど、かつての〝恕の精神〟の持ち主の日本人は絶対しなかった。

 

 

家族的結合が崩れ始めている

 

この事件でオリンピックの手伝いを申し出ていたボランティアが千人辞退したそうである。この人の心理が理解できない。森会長の組織委員会もボランティアである。森氏は無報酬で尽くしていた。オリンピックを成功させようと努力していた。オリンピックの主催者ではないし、中身を変える権限も与えられていない。

森氏が叩かれた時、同じ仲間のボランティアは庇い支える存在である。家族の一人が叩かれたら助けるだろうに。どんなに非があろうと家族は最後まで味方をする。

日本人の美点、強い家族的結合が崩れつつある。個人主義が根付き、自分だけよければ、他はどうでもよい。自分を不愉快にする言動はヒステリックに糾弾する。

空から悪魔が日本人の迷走と分裂を眺めほくそ笑んでいる。