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畠山裕介の『人と話の交差点』

 

人材育成の新聞『ヤアーッ』より

 

「人と話の交差点 310」  畠山裕介

 

社長のこと、好きですか?

 

-ナンバー2(37)-

 

素朴な質問をひとつ。

「社長のこと、好きですか?」

この質問にイエスと答えられる人は、たぶん幸せな人生を歩んで行ける。すぐれたナンバー2になれる可能性がある。

ノーの人は、おそらく出世は無理。屈折した心理で、その後の人生を送ることになる。

ナンバー2は、社長が好きであることが絶対前提。社長の考えに同調共感できなければならない。小異を捨て、共感できるよう自分を変えて行く必要がある。

革命児織田信長には、二人のナンバー2候補がいた。羽柴(豊臣)秀吉と明智光秀である。

合理主義者信長は、徹底した「機能主義」の信者であった。モノも人も、それが持つ機能の優劣で判断し、評価した。平気で人間もモノ扱いした。しかも癇癪持ちときている。仕えにくいトップであった。

古くからの織田家幹部は、信長を恐れ、畏縮した。

秀吉は違った。百姓の倅あがりに捨てて怖いものはない。信長の草履取り時代から、一心不乱に信長に惚れた。惚れる努力を積み重ねた。信長の喜ぶことなら、命がけで行った。

「お屋形さま、お屋形さま」と信長のあとを犬のように追いかけまわした。

仕事をさせれば、常に信長の期待する以上の成果を上げた。それを鼻にかけることもなかった。

「お屋形さまのご威光のおかげにござりまする」と信長を立てた。歯の浮くようなお世辞も、秀吉の手にかかると真実味を帯びた。

従順な飼い犬を憎く思う人間はいない。信長もつい「猿! 猿はおらぬか」となる。こうして秀吉は信長の信頼を勝ち取っていった。

光秀はどうか。光秀も中途入社組である。もとは将軍になる前の足利義昭の部下であった。血筋がよかったのだろうか。

頭も切れた。いくさも強かった。軍事、政治、外交など万能の才を見せた。織田家の出世頭で、そのスピードは秀吉以上だった。義昭と信長の間を取り持ったのも光秀。

だが光秀の絶頂期は長く続かない。信長はそれが地なのか、部下に手荒い。光秀も何度か打擲〈ちょうちゃく〉や足蹴〈あしげ〉を受けた。頭を叩かれたこともある。光秀の自尊心はずたずたに傷ついたことだろう。それがちらちら見え隠れする。そして信長の勘気はいっそう激しくなる。結局、光秀は最後まで主君信長のことが好きでなかったのだろう。信長の考えや好みやらを理解し、それに合わせようとしなかったのではないか。

秀吉と光秀の運命の分かれ目は、このあたりにあった。本能寺で光秀の反乱を知った信長の最後の言葉は「是非に及ばず」であった。仕方がないと訳す。