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コラム『講師控え室』

 

人材育成の新聞『ヤアーッ』より

2020年10月号「講師控え室 136

 

さんまの漁獲量について世界協定が結ばれているが、中国などがこれを守らず画餅に帰している。さらに異常気象でさんまが海から姿を消している。

八月二十五日発行の産経新聞に、さんまについてコラムが載っていた。

〈火だるまの秋刀魚を妻が食はせけり〉。黒々と焼けたさんまが好物だった、秋元不死男の句である。当時、さんまといえば庶民の魚の代表格で、驚くほどの安値で手に入った。それが今や、一匹約六千円だというのだから、さんまのように目を見張ってしまう。桐箱に入れて贈答品にしても見劣りしない〝高級魚さまさま〟。笑えない話だ。

火だるまのさんまと聞いて、思い起こす記憶がある。

私が子供のころ、秋口になるとさんまは食卓の常連だった。調理方法はもっぱら塩焼き。さばくのは祖父の仕事。

ただ木の板をそこに置いただけのような、武骨なまな板。そこに青光りするさんまをでんと置く。包丁の切れ味は抜群。使い込まれた研ぎ石に撫でつけ、準備はバンタンである。

ひとおもいに、頭を切り落とす。スーパーに並べられている時点で、当然すでに尽きている命なのだが、その一瞬だけ息を吹き返したように見え、そしてまた消える。腹を割き、内臓をこそいで綺麗にするころには、祖父のしわくちゃの手は赤く染まっていた。恐ろしい光景のようにも見えるし、別の命をいただくことで生かされているのだと幼心に胸がざわつく。家族七人分の仕度を済ませ、祖父は包丁を置く。魚をさばくときは、決まって外だ。匂いに誘われた野良猫が、家の庭にフラフラと遊びにくると、そこに向かって切り落とされたさんまの頭を投げてやる。待ってましたとばかりに飛びついた野良猫だが、そこでは食わず口にくわえたまま庭から出ていく。ガツガツ食う下品をくれた人に見せたくないからか、野良にもごちそうを分け与えたい家族がいるのか。

少々荒っぽく、塩を振る。料理人のように繊細ではないが、なぜだか毎回いい塩梅だ。

よく焼けた網の上に、さんまを行儀よく並べる。七輪だ。台所そばの庭が、ぷすぷすと音を立てながら焼けていくさんまの匂いで満たされていく。黒くすすけてくる表面の皮と、七輪の空気穴からのぞく赤い炎を交互にながめていると、祖父から手伝いを命じられる。

私の仕事は大根おろし作り。いつもは渋るが、このときばかりは素直だ。〝美味しい〟の組み合わせは、子どもにも分かる。

母にまた食べたいとせがんだが、面倒だと断られた。今は亡き祖父だけが操ったさんまさばきと七輪の思い出。(坂本利江子