株式会社 アイウィル

03-5800-4511

染谷昌克の『経営管理講座』

人材育成の新聞『ヤアーッ』より

「経営管理講座 446」   染谷昌克

PDF版はここををクリック

天下を支えた男、会社を支える人

今年の大河ドラマは「豊臣兄弟!」。豊臣といえば皆さんご存じ秀吉だが、ドラマの主人公は秀吉の弟である秀長。歴史の表舞台に立つことは少ない人物だが、秀吉が天下を取れたのは、秀長という「支える存在」がいたから。前に立つ人がいて、支える人がいる。会社もまた、同じである。


光の裏側に、影は立っている

経営者という仕事は、不思議なものである。

社員に囲まれ、会議に出て、電話が鳴り、相談も受ける。それでも心の奥では、どこか一人で立っている感覚が消えない。「最後に決めるのは自分だ」。そう思えば思うほど、言葉は減り、本音は胸の内にしまわれていく。

戦国時代の天下人、豊臣秀吉も、きっと同じだったのだろう。彼のそばには、弟の秀長がいた。派手な武功もない。名場面も少ない。歴史の教科書では、数行で終わる存在である。

秀吉が怒鳴れば、秀長は黙って頭を下げた。秀吉が突き進めば、秀長は後ろを固めた。秀吉が夢を語れば、秀長は現実を整えた。

兄が光なら、弟は影であった。しかし、その影が消えたとき、光は急に強くなりすぎた。

秀長が病に倒れた後、豊臣の家中では争いが増え、疑いの言葉が飛び交い、現場は疲れていった。

歴史家は言う。

「秀長が生きていれば、豊臣家は滅びなかった」。この言葉は、過去の話であると同時に、現代の経営者への静かな警告でもある。

主君の怒りを止めた男

豊臣秀長には、象徴的な逸話が残っている。

あるとき、秀吉は家臣の失策に激怒した。軍事行動での判断を誤り、多くの兵を失ったからである。秀吉は即座に処罰を命じた。切腹もやむなし、という空気であった。

家臣たちは沈黙した。誰も天下人の怒りに逆らえなかった。

そのとき、秀長だけが一歩前に出た。

「兄者の怒りはもっともです」そう言って、頭を下げたあと、静かに続けた。

「しかし、ここで人を斬れば、残る者の心は離れます」

秀吉は睨みつけた。

「情けをかけよと言うのか」

秀長は退かなかった。

「情けではありません。組織を守るためです」

さらにこう言ったという。

「斬れば、恐れは残ります。ですが、忠義は残りません」

しばらく沈黙が流れた。

やがて秀吉は刀を収めた。

「お前がそこまで言うなら、今回は許す」

その家臣は後に命を懸けて働き、豊臣軍を支える武将の一人となった。

正確な情報とはいえないレベルだが、この武将は加藤清正か、福島正則ではないかといわれている。

秀長は、人をかばったのではない。組織の未来を守ったのである。

会社でも、よく似た光景を見る。社長がいる。社員もいる。売上も伸びている。なのにどこか空気が重い。

現場の声は上に届かず、会議では無難な意見だけが並び、本当に困っていることは誰も口にしない。

社長のそばを見ると、この人がいないからだ。

社長の顔色ではなく、会社の顔色を見る人。会社を守ることが、社長を守ることであると知る人。

この人が、ナンバー2である。ナンバー2とは、肩書きではない。能力の順位でもない。

「間に立つ人」である。

上と下。理想と現実。正しさと事情。強さと弱さ。

そのすべての間に立ち、誰にも見えないところで、組織の重心を支え続ける人である。


育てなければ、生まれない

この役割を担える存在は、自然には生まれない。

人は忙しさの中で育つ。数字に追われ、締切に追われ、結果を求められながら、何とか前へ進む。

だが、その流れの中で、「間に立つ人」はほとんど育たない。上と下の間。理想と現実の間。正しさと事情の間。怒りと不安の間。

そのすべてを一身に引き受ける役割は、成果として見えにくく、評価もしづらい。

だから後回しにされ、育てられず、気づけば組織の中でぽっかりと空白になる。

多くの会社で、そこは空席のままだ。

社長が一人で抱える。管理職は板挟みで疲れ果てる。現場は何も言わなくなる。

そして、ある日突然、人が辞める。理由は語られない。会社の空気だけが少しずつ冷えていく。

経営者が本当に考えるべき問いは、ここにある。

「誰が売上を伸ばすか」ではない。

「誰が組織を支えているか」である。

戦国の世で、豊臣秀吉は天下を取った。誰もが認める英雄であり、稀代(きだい)の出世頭であった。弟の秀長を失ってから、天下は静かに崩れ始めた。

秀吉は前に立つ人。夢を語り、決断し、突き進む人だった。秀長は違う。後ろに立ち、人を守り、怒りを受け止め、組織の形を整え続けた。刀を振るうよりも、言葉を選び、命令するよりも調整し、勝つことよりも、壊さないことを選んだ。

秀長は、天下を広げた人ではない。天下が壊れないように立ち続けた人である。

会社も同じである。

業績はひとりでも伸ばせる。優秀な社長がいれば、数字は作れる。

組織はひとりでは守れない。不満を受け止める人。衝突を和らげる人。社長に届かない本音を拾い上げる人。社長の判断を、現場が動ける形に翻訳する人。

それが、ナンバー2である。ナンバー2は、会社を前に進める人ではない。会社が壊れないように、後ろから支え続ける人である。

目立たない。評価もされにくい。だが、強い組織に必要不可欠な人である。

補佐役を育てるということは、優秀な部下をつくることではない。

会社の呼吸を整える人をつくること。組織の背骨をつくること。未来の混乱を未然に防ぐことである。

経営者が最初に決めるべきことは、戦略でも、制度でも、売上目標でもない。

「支える人を育てる」と決めることである。

その決断がある会社だけが、三十年後も、同じ場所で、同じ看板を掲げている。

そしてその看板の裏側には、ひとりの男が立っている。

豊臣秀長のように組織を支えているのだ。



<< 前のページに戻る