染谷昌克の『経営管理講座』
人材育成の新聞『ヤアーッ』より
「経営管理講座 450」 染谷昌克
個人の力を組織の力に変える
「できる人」はいる。しかし、その人が異動や退職をすると、成果まで消えてしまう。そんな組織は少なくない。本当に強い会社とは、優秀な個人に頼る会社ではない。判断基準や考え方が共有され、現場で繰り返される会社である。組織に力を残せるかどうか。そこに、成長し続ける会社との差がある。
組織を止める暗黙知の壁
なぜ、優秀な人材がいても、組織は強くならないのか。
経験を積み、成果を出している社員はいる。それでも、組織全体の力が上がらない。原因は明確である。知が個人の中に閉じているからだ。
現場には、優れた判断がある。的確な優先順位のつけ方、迷いのない決断、状況に応じた柔軟な対応。だが、それらの多くは言葉になっていない。
本人は「なぜそう判断したのか」を説明できない。周囲も「どうすれば同じことができるのか」がわからない。
これが暗黙知である。
ある企業で、営業成績が突出している社員がいた。顧客の状況を見抜き、的確な提案を行い、常に結果を出していた。しかし、その手法を後輩に教えようとしても、うまく伝えられない。「相手をよく見ろ」「タイミングを感じろ」といった言葉に終始し、具体的な行動に落ちない。
結果として、その社員が担当している間は成果が出るが、担当が変わると売上げは落ちる。組織としての力にはなっていない。
優秀な人材がいることと、組織が強いことは違う。
個人の中にある知は、組織の力にはならない。
知が共有されない限り、同じ失敗は繰り返される。成功もまた、偶然の産物として消えていく。組織は経験を蓄積できず、人が入れ替わるたびに振り出しに戻る。ここに、成長が止まる本質がある。
知を組織の財産にする
組織を強くするために必要なのは、暗黙知を形式知に変えることである。
形式知とは、言葉やルールとして共有できる知識である。判断基準、手順、優先順位、考え方。それらが明確になったとき、はじめて知は他人に伝わる。
ここで重要なのは、「すべてを説明すること」ではない。判断の軸を言語化することである。
なぜその判断をしたのか。何を基準に優先順位をつけたのか。どこを見て、どう判断したのか。これを言葉にすることで、知は再現可能になる。
先ほどの営業の例でも、成果を出している社員の行動を分解していくと、共通点が見えてくる。顧客の課題を最初に引き出していること、提案の順序が一定であること、断られた後の対応が決まっていること。
これらを言語化し、誰でも実行できる形に落とし込んだとき、組織として同じ成果が出始める。
経営とは、偶然を減らし、再現性を高める営みである。暗黙知のままでは、成功は個人で終わる。形式知になって初めて、個人の力は組織に広がる。
前回までのテーマで言えば、これは「硯」の役割にあたる。補佐役は、意思決定を支えるだけではない。判断の前提を整え、知を言語化し、再現できる状態にする。
さらに大事なのは、言葉にする〝ちょうどよさ〟である。ざっくりしすぎると真似できない。細かすぎると現場で使えない。ポイントは、判断の「型」をつくることだ。
どの順番で考えるのか。何を基準に選ぶのか。どのタイミングで決めるのか。ここが共有されていれば、状況が変わっても判断はぶれない。
言葉にしただけで終わってはならない。実際に使い、うまくいくかを確かめる。ズレがあれば直す。その繰り返しで判断の精度は上がっていく。
作ることよりも、使われ続けることの方が重要である。
管理者の率先垂範に少し手を加える。自分ができることを示すだけでなく、「どう考えたか」を伝える。
判断の過程を共有することで、周囲の判断が育っていく。
補佐役は、その流れを整える。
バラバラにある知を集め、わかりやすい形にする。誰でも使えるように整える。
こうしてはじめて、知は個人のものではなく、組織の中で使われ続けるものになる。
実践が仕組みを育てる
しかし、形式知にしただけでは不十分である。知は、使われなければ意味を持たない。
ここで重要になるのが「知行合一」である。
知行合一とは、知ることと行うことが一体であるという考え方である。理解しただけでは不十分であり、実践して初めて価値を持つ。
強豪ラグビーチームで、こういうことが起こる。
練習では素晴らしい動きをする選手がいる。決められたメニューでは速く、正確で、ミスも少ない。しかし、試合になると判断が遅れる。状況の変化についていけず、本来の力を発揮できない。
逆に、練習では目立たなくても、試合になると抜群の動きをする選手がいる。相手の動き、味方の位置、試合の流れを瞬時に読み、最適な判断を繰り返す。
この差は、単なる技術の差ではない。
「何を見て、どう判断するか」が身体に入っているかどうかの差である。つまり、状況判断の暗黙知があるかどうかである。
強いチームは、ここで終わらない。
なぜその判断をしたのか。どこを見ていたのか。何を優先したのか。それを言葉にし、共有し、練習で繰り返す。
個人の感覚が、チーム全体の判断基準になっていく。
ここで初めて、暗黙知は形式知となり、組織の力に変わる。
しかし、それでも終わりではない。
実際に使い、ズレがあれば修正する。繰り返し磨くことで、判断の精度は高まっていく。
使われない知は残らない。残らない知は、組織の力にならない。知は、実践されることで定着する。
共有され、再現され、現場で繰り返され続けたとき、それは単なる手法ではなく、組織の文化になる。
会社の強さとは、優秀な人がいることではない。
正しい判断が、現場で繰り返されることである。
暗黙知は、個人を強くする。
形式知は、組織を強くする。
実践だけが、その強さを残す。
組織とは、日々の判断の積み重ねである。何を優先するのか。何を基準に選ぶのか。どこで決断するのか。
その質が、現場の動きを変え、会社の未来を変えていく。
会社の差は、意思決定の質で決まる。
<経営管理講座バックナンバー>
- 2026/06 硯を整えよ、見えない機能が決め手
- 2026/05 経営を書き直す力
- 2026/04 筆を責めるな、書き手を鍛えよ
- 2026/03 天下を支えた男、会社を支える人
- 2026/02 言葉は人を変える
- 2026/01 社会人基礎力を一段ずつ高める
- 2025/12 忘れることに価値はあるか
- 2025/11 精神と行動を整える力
- 2025/10 経営者養成研修
- 2025/09 黒ひげ危機一発
- 2025/08 やさし過ぎるは、悪なり
- 2025/07 組織を統(す)べる力とは何か
- 2025/06 経験で育てるか、教え育てるか
- 2025/05 社長も、部長も、みんな若者だった
- 2025/04 人材は〝人財〟か〝人罪〟か
- 2025/03 管理者としての上級任務
- 2025/02 歩き続ければ必ず越える
- 2025/01 歴史を繰り返そう
- 2024/12 三十一年の歴史に幕
- 2024/11 増えてくる甘ちゃん族
- 2024/10 予期せぬバトンタッチ
- 2024/09 かつての〝学問〟に戻る時
- 2024/08 手書きが思考力の基礎
- 2024/07 高橋先生から学んだ事
- 2024/06 作文に特化した授業を
- 2024/05 精神強化と意識改革を
- 2024/04 積上げてきた美の遺産
- 2024/03 美に対する感性を磨く
- 2024/02 修復できない大被害が
- 2024/01
魁 としての奮闘の記録 - 2023/12 恥と秘密があってこそ
- 2023/11 外人と共生する社会か
- 2023/10 中国に魚は売りません
- 2023/09 捨てたものを見直す時
- 2023/08 経済で解決できない事
- 2023/07 悪運強し四七歳失業者
- 2023/06 有能でもNo2失格の男
- 2023/05 失敗が生んだ教育手法
- 2023/04 新会社を成功させたが
- 2023/03 私事よりも仕事を優先
- 2023/02 二十代は苦労勉強の時
- 2023/01 仕事と人間に恵まれて
- 2022/12 上司に頼られる社員に
- 2022/11 失敗と挫折は成長の糧
- 2022/10 たまには恥と失敗話を
- 2022/09 騒がせ屋の民主的小言
- 2022/08 昔通った道にまた来た
- 2022/07 自己啓発による勉強法
- 2022/06 甘えるな!甘やかすな
- 2022/05 勝利の方程式を作る人
- 2022/04 強く賢くやさしい人に
- 2022/03 しつけと指導の復権を
- 2022/02 歴史から何を学ぶのか
- 2022/01 歴史を学び新聞を読む
- 2021/12 大局観と先見性を磨く
- 2021/11 〝守り〟についての考え方
- 2021/10 居なければ探し育てる
- 2021/09 ナンバー2研修の意義
- 2021/08 会社に補佐役はいるか
