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染谷昌克の『経営管理講座』

人材育成の新聞『ヤアーッ』より

「経営管理講座 445」   染谷昌克

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言葉は人を変える

「顔色悪いね」と言われた途端、急に体調が悪い気がしてくることがある。意識が言葉を受け、感覚が強まるのである。これは個人だけの話ではない。組織もまた、同じである。日常的に使われる言葉によって空気が生まれ、行動が決まり、成果さえ左右されている。


一言で仕事の意味を知る

英語には「肩こり」や「懐かしい」という言葉がないと言われている。

日本人には「懐かしい」という言葉がある。

だから私たちは、昔の音楽を耳にした瞬間や、久しぶりの景色を見たときに、「懐かしい」と自然に口にする。この一言があるからこそ、その気持ちははっきりとした感情として意識に浮かび上がる。

もしこの言葉がなかったとしたら、その感覚は「なんとなく心が動いた」で終わってしまうかもしれない。

同じことが「肩こり」にも言える。

海外では、肩に違和感があっても、それを特別なものとして意識することは少ない。ところが日本に来て、「肩こり」という言葉を知った瞬間、人は初めて「自分は肩こりなのだ」と思うようになる。

知り合いのイギリス人も、「肩こり」という言葉を覚えてから、急に肩がつらくなった気がすると話していた。冗談のようだが、本人はいたって真剣であった。

それまで存在していなかった痛みが突然生まれたわけではない。もともとあった小さな違和感に、「肩こり」という名前が与えられただけなのである。

人は、言葉によって自分の感覚に気づく。気づいた瞬間から、その感覚ははっきりとした「現実」になる。

私たちは思っている以上に、日々言葉の中で生きているのである。

ある経営者が、若い頃の体験を語ってくれた。

入社して間もない頃、彼に任された仕事の多くは、いわゆる雑用だった。倉庫の整理、事務所の掃除、備品の補充。決して目立つ仕事ではない。同期が営業や企画の話をしているのを横目に、「自分は何をしているのだろう」と思う日も少なくなかったという。

それでも、与えられた仕事である以上、手を抜くわけにはいかず、黙々と掃除を続けた。

床に膝をつき、雑巾をかけ、汗を拭いながら作業をする。誰に見られているわけでもない。ただ、目の前の仕事を終わらせることに集中していた。

ある日、その姿をたまたま社長が目にした。

社長は足を止め、しばらく何も言わずに様子を見ていたという。そして作業が一区切りついたところで、こう声をかけた。

「一生懸命働いてくれるね。ありがたいよ」

たった一言だったが、その言葉は彼の胸に深く残った。

言葉は、人が見ている世界に意味を与える。

あの日まで、彼にとって掃除は「誰でもできる雑用」だった。

しかし経営者の一言によって、それは「会社に必要とされている仕事」へと変わったのである。

人を動かしたのは指示ではない。経営者が何を見て、どう声をかけたかだった。


言葉は行動の価値を決める

その経営者は後に、こう振り返っている。

「あの一言がなければ、仕事に誇りを持つことはできなかったと思います」

それまで彼は、成果が数字で見える仕事、周囲から評価されやすい仕事こそが「価値のある仕事」だと思っていた。だが経営者は、そうではなかった。違うところを見ていた。

経営者が見ていたのは、役割の大小ではなく、目の前の仕事にどう向き合っているかだったのである。

ここに、経営管理の重要な教訓がある。

経営者の言葉は、社員にとって「この会社では、何が大切にされているのか」を示す強いメッセージになる。

もしそのとき社長が「そんなことより、もっと効率を考えなさい」と言っていたらどうなっていただろうか。

掃除は軽視され、見えない仕事は誰もやらなくなっていたかもしれない。

しかし経営者は、汗をかきながら一生懸命働く姿そのものを喜んだ。

その結果、彼は「どんな仕事でも手を抜かない人」になり、やがて周囲から信頼される存在へと成長していったのだ。

管理とは、細かく指示を出すことではない。

どの行動に価値があるのかを、言葉で示すことである。

経営者の一言は、現場の優先順位を静かに、しかし確実に形づくっていく。

人は、評価された行動を「正しい仕事」だと信じるのだ。


言葉は文化になる

時が経ち、その彼も経営者になった。

立場が変わり、今度は自分が人を見る側になったのである。現場に立ち、全体を見渡す日々の中で、かつての自分と同じように、目立たない仕事を黙々と続けている社員の姿が目に留まることがある。

床を拭く。備品を整える。誰にも気づかれない小さな仕事を、手を抜かずにやり切っている。その姿を見た瞬間、彼の胸に、あの日の光景がよみがえる。汗をかきながら働いていた自分に、経営者がかけてくれた、あの一言である。

気づけば彼は、同じような言葉を口にしている。

「助かるよ。ありがとう」

「よく気づいてくれたね」

それは研修で学んだ言葉ではない。マニュアルに書いてあった言葉でもない。かつて経営者から受け取った一言が、形を変え、自然と次の世代へ手渡されているのである。

言葉は習慣になる。

習慣は文化になる。

文化は、組織の背骨になる。

経営者がどんな言葉で人を見ているかは、必ず管理者に伝わり、やがて現場全体に広がっていく。だからこそ、経営者の一言は重い。同時に、それは組織を育てる最大の力でもある。

言葉を選ぶことは、甘くすることではない。人の働く意味を正しく照らすことである。

言葉は人を変える。人が変われば、組織が変わる。

そして、汗をかいて働く姿に向けられた経営者の一言は、管理者を育て、文化となり、会社の未来を根底から支え続けていく。

企業でも部門でも、トップの何気ない一言が、やがて部下の言葉となる。現場に根づき、組織の文化を形づくっていく。

汗をかいて働く姿に向けられた言葉は、人を育て、会社の背骨となり、十年後の企業の姿を静かに決めている。



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