染谷昌克の『経営管理講座』
人材育成の新聞『ヤアーッ』より
「経営管理講座 439」 染谷昌克
やさし過ぎるは、悪なり
毎年行われている「理想の上司」アンケート。その年ごとに理想の上司像がある。三十年前は「頼りがいがあり、自分を厳しく鍛え育ててくれる上司」。二十年前は「部下を引っ張る強い上司」。五年前は「丁寧に教えてくれて、きちんと評価してくれる上司」。さてさて今年は…
理想の上司ランキング
長嶋茂雄が亡くなった。昭和の日本のスーパースター。
研修の事例として長嶋茂雄の話をする。ここ五年ほどは、三十代の研修生でも半分の人は「長嶋茂雄」が誰なのかを知らない。新入社員研修では、知っている人は一割にも満たない。
一九九三年から毎年行われている新入社員の〝理想の上司〟意識調査。
長嶋茂雄は二〇〇三年までの十年間、常にランキングの上位にいた。平成時代の理想の上司ランキングでも堂々の七位。魅力のあるスーパースターだった。
二〇二五年度のランキングは、一位はご存じ現ドジャースの大谷翔平。次いで、ユーチューバーのヒカキン。俳優のムロツヨシ、クイズ王の伊沢拓司、イチロー、だそうである。
上司への期待としては「細かくサポートしてくれる」「常に部下を気に留めてくれる」などの項目をあげる人が多く、理想の上司として挙げた理由は「優しいから」が圧倒的に多かった。
評価ではなく人気投票
新入社員、つまり学生が求める理想の上司を調べることにどのような意味があるのか。上司の任務や責任がどういうものか、組織における上司と部下の関係もわからない状態での理想の上司は人気投票のようなものであろう。
この調査の目的は「新入社員の意識レベルや偏りを知ることによって、会社は新入社員に適切な対応・教育をすることができる」からだそうだ。
しかし現実には、新入社員の意識レベルに合わせて教育を行う会社はない。どの会社も、命令や報告や規律など一切体験していない白紙として扱う。返事挨拶など、社会人としての基本的な教育から始める。
この時、新人が会社に何を求めているか、上司に何を期待しているかは問題の埒外(らちがい)である。
「おお、そうか。今年の新人は優しさと細かいサポートを重視しているのか。ならばその期待に応えるよう上司を教育しよう」などという会社はない。「おい、理想の上司はヒカキンだぞ。君も見習えよ」と幹部にいう社長もいないであろう。
近年、生徒に先生を評価させる学校が増えている。始まったばかりの頃、評論家は「子供の感性は鋭い。どんな成果が上がるのか楽しみだ」と称賛した。浸透してきた現在、現役の教師たちは歓迎していない。
評価は「指導」の重要な一分野である。評価がなければ指導は成立しない。評価に基づいて指導者は具体的な指導を行う。
生徒は先生の指導者ではない。指導者でない者の行う評価とは何か。人気投票である。知識、能力、経験の面で劣る子供に感性で評価されて、子供が気に入る先生にならなければならないなど、先生はたまったものではない。
先生を評価するのは校長である。先生の教え方や言動をよく見て評価し、悪い点を直し良い点を伸ばす。いい先生は厚遇し、ダメな先生は厳しく指導する。
これがきちんと行われていれば、生徒の先生評価が学校の正規の制度になるはずがない。
甘さは不要。やさしさと厳しさが必要
会社は新人の意見など聞かない。新人に上司を評価させるといった本末転倒はしない。
新入社員に「こんな上司は嫌だ、こんな上司がいい」と言わせること、またこうした設問を示して考えさせること自体おかしいのではないか。
新人を主役にすれば、主役は、会社は自分の言うことを聞いてくれると錯覚する。学ぶべき謙虚な姿勢をなくして、自己の権利ばかりを主張する、組織においてのお荷物になりかねない。
またこのような調査を尊重していたら、指導を放棄して下に迎合する落第上司が続出する危険もあると会社は考える。
下が何を考えているのか知らなくていいと言うのではない。上司は部下の意識をよく知るべきである。部下管理、あるいは部下の指導育成のうえで、部下の意識を把握しているのと、していないのとでは大差がつく。
上司は「やさしさ・面倒見のよさ」を求める部下に対して、大事にする。よく面倒を見る。かわいがる。ここまではいい。部下の立場で考える。思いやりをもって接する。これもいい。だがここで行き過ぎが起こる。
心が冷たい上司もいけないが、部下に優しすぎる上司もよくない。第一線で汗を流して働く部下に対する思いやりと労りの気持ちは大事だ。これがなければ部下は心を開かない。
しかし上司は思いやりの安売りをしてはならない。いつでもどこでも誰にでも〝やさしさ〟だけでは上司は務まらない。話の分かる人のいい上司は、やがて〝やさしい上司〟から〝甘い上司〟に評価が変わる。
部下に阿(おもね)る。部下の言いなりになる。部下に甘い。部下に迎合する。部下と一緒になってトップを攻撃する。
〝甘い〟欠陥上司である。
二〇二五年のランキング上位者は実際には管理者(上司)ではない。長嶋茂雄は実際に監督という上司だった。
長嶋監督は、人間的魅力が溢れる、やさしさと厳しさを兼ね備えた上司だった。
選手を否定せず、信頼と期待を持って選手の指導をした。
一律に型にはめる指導ではなく、選手それぞれの個性やプレースタイルを尊重して伸ばそうとした。部下をよく知っていた。
選手がミスをしても怒鳴るのではなく、「次がある」「お前なら大丈夫」と前向きな声かけをした。これは長嶋自身が現役時代に数々の失敗を経験し、そこから立ち上がってきたからこその姿勢。
選手たちはこれを長嶋のやさしさだと感じた。
一方では「練習でできないことは本番ではできない」という信念で、居残り練習や反復練習を当たり前のように課した。
失敗しても怒らず見守るが、甘やかすことは一切しなかった。
技術・意識・姿勢のすべてにおいて高い基準を持ち、そこに到達させるための指導だった。表面的にはやさしい言葉でも、内には「プロである以上、もっと上を目指せ」という厳しい哲学を持っていたのだ。
長嶋茂雄の「厳しさ」と「やさしさ」は、どちらも「選手への深い愛情」と「生涯野球人」という自負から生まれている。
私たちが優しく厳しい上司になるための第一歩は「会社を好きになる」「全身全霊、本気で自己の任務に取り組む」ことである。
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