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染谷和巳の『経営管理講座』

 

人材育成の新聞『ヤアーッ』より

 

「経営管理講座 382」   染谷和巳

 

新刊の読後感想と評価

経営管理講座

 

人は悲劇と失敗は身を乗り出して聞くが、自画自賛、大風呂敷の自己宣伝には耳を閉ざす。自慢話を始めたら止まらない人がいる。いやがられていても延延と。社長に多い。この社長も「社長、この本、類まれなる傑作です。なぜなら…」などという他人の自慢話など聞きたくないのである。

 

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嫌われものにも取り柄はある

 

歯に衣〈きぬ〉を着せず言いたいことを言ってきた。それが人を不愉快にし、心を傷つけることがあった。

「最近、文章が走り過ぎている」と注意された。〝走り過ぎ〟とは調子に乗って余計なことを言い、必要以上に大声でわめき散らすという意味であろう。

「ペンによる暴力だ」と怒りの手紙をもらったこともある。上から目線で偉そうに弱い人を攻撃する、何様だと思っているんだと言われた。

「社員の教育に使わせてもらってきたが、あなたの主張の底が見えた。同じことの繰り返しでうんざりだ。もうヤアーッは送らなくていい」と引導を渡されたこともある。

みな、「おっしゃるとおり」である。

文だけでなく口も悪い。一番の被害者は妻である。チクチク刺されるのは日常であり、時折大砲でドカンドカン吹き飛ばされる。「血圧が上がって具合が悪くなった。私の病気はあなたのせいよ。あなたがいないとせいせいする。みんなあなたを嫌っている。子供たちも会社の人だってあなたをイヤがっている。フン!」

これもまた「おっしゃるとおり」である。

もし私が政治家なら、失言、暴言、差別発言で糾弾され、三日で命を絶たれている。

こんな欠陥人間がよくもまあこれまで〝大きい顔(デカい面)〟で生きてこられたものである。

大きい顔といえば今年初めてハッと気づかされたことがある。

毎年三甲㈱の東京本社の後藤甲平会長に新年の挨拶に伺っている。私のズケズケものを言う態度が気に入ってくれているようで最低三十分は話をする。

「会長、お願いがあります。今年は経営者研修十人しか集まっていません。五人出してください。助けてください」

十人でも五人でも研修は成り立つが、ここ十五年十人を切ったことがない。当社の柱の研修である。お客様が「どうした、何かあったか、落ち目か」と不信を抱く。

会長は「よし、わかった五人出そう」と言った。私は目頭が熱くなり頭を下げた。

「あなたが初めてものを頼んだ。初めてだよ。今まで一度も頼まれたことはない」と会長。

「えっ?」と私。

毎年「何人出してください。お願いします」と頼んでいる。あれは〝心から〟頼んでいなかったのだ。真剣に必死になっていなかった。大きい顔をして口をきいていた。それが今回は身を縮め小さい顔で頭を下げて泣きそうな声でお願いした。会長はそこに〝誠〟を感じて「よし」と言ってくれたのである。

自分がいつも誰に対しても大きい顔をしていたことにこの時初めて気づいた。以来、ずっと小さい顔をしていようと努めている。

誰にでも欠点はある。違う面から見ればその人の際立った長所になることもある。歯に衣着せぬ物言いは人を不愉快にするが、切れ味鋭い名刀になることもある。

幸い文章は推敲ができる。余分冗慢を捨て、横柄傲慢を改め、読んでくれる人が快く受け入れてくれる文に直す。大きい顔をしない謙虚な文章にする。

読んでくれた方の率直な評価が、これができていることを証明してくれた!

 

 

近来稀に見る重厚な書である

 

高木書房斎藤社長にスーパー勤務の友人からの手紙。

「著者の年齢と本の題名と帯の一章から九章までのタイトルを見た時点で、何だか古そう、堅そう、エラそう(失礼ながら)と感じたのですが、中身はなんとなんとなかなかどうして、同感や初めて知ったこと、納得、そうだったのかと新鮮な内容で、思う処に付箋を沢山貼らせて頂きました。

中学卒業から八十代まで働くというのは私も賛成です。特にコロナで家に引きこもってしまい、ウツ状態になった同世代が少なくない今年、私自身仕事があって救われました。

染谷氏のご著書を繰り返し読み、正しい知識と深い洞察力を身に付け、せめてもの武器にしたいと思います。良書を編集頂き感謝です。又お会いできたら良いですね」。

この本の八章「会社は人を育てる唯一の場」に実名で載せさせていただいた島雄元〈はじめ〉氏から読後評が届いた。私大講師も務めた国立長岡高専元教授の島雄氏は大学の同期生で、同期哲学科の会報「誼〈よしみ〉会文集」の編集人をしてくれている。

「易きに流れる時勢に対して、まことに気魄のこもった御著書『指導者として成功するための十三の条件』を早速拝読させていただきました。

見事な巖〈いわお〉です。常識の薄っぺらさを次々にひっぺがしてたたみ込む重厚な展開に、何度も読み返さざるを得ませんでした。

そこには幼少期からのご自身の体験と社会人になってからの様々な実見聞を、その時代時代の社会の潮流やデータのみならず、文学作品や古典からの引用も交えて、ふんだんに提示することによって『指導者としての条件』が、非常な説得力をもって示されています。長年にわたるご研鑽は無論のこと、コロナ禍にあって自らに厳しく『勤勉』を率先垂範なさった、類いまれな重厚な書です。脱帽の他ありません。

私がとりわけ興味深かった一節は『大学と高校の半数を閉鎖』して『中卒で社会人』にするという説です。塾や予備校に半数以上が通わねばならない教育はもはや教育とは言えません。住居費や食費、電気代などの必要経費以外で、家計で一番重い比重を占めるのは教育費だそうです。

今の親は、食うために働くのではなく、子供を教育するために働いています。その教育も詰め込み詰め込みで、東大出のエリートも忖度と屁理屈、嘘の何ともみじめな身の上です。

この前にいただいたお便りでは、コロナ禍で、売上げ激減ということでした。社員に給料を支払わねばならない経営者の方々は本当に大変だなあ、と思いました。

そんな最中に、これほど中味の詰まった御本を刊行。ウルマンの詩の独自の解釈を借りれば、まさに『蓄えたものが満を持して一気にほとばしり出る』壮年まっ盛りの書と感じました。

この二月に白内障の手術をして以来、体調が思わしくありません。

文集の次号にとりかからなければならないのですが、『よし!』と気合が入らないのです。

壮年まっ盛りのお方の爪の垢でもいただいて頑張ります」。

 

 

日本の将来に黎明をもたらす

 

文藝評論家蓮坊公爾〈こうじ〉氏の書評。

★?国づくりは人づくり?。と染谷氏は強調する。

昨今、国造りを担う日本人の為の教育が杜撰になって居る。英語奨励に依る母国語忘却、政治家がやたらサプライズ、GO・TO?使用する奇態が一例だ。

自国の文化に誇りを持つなら、フランスの如く「母国語保護法」を制定すべきだ。漢字と平仮名そしてカタカナを自由に駆使する日本語は素晴らしい。

否、無知な政治家は此れを無視、やたら外国語をひけらかす。慧眼〈けいがん〉は有り得ない。

本書では、指導者の心構えとして〈十三の条件〉をあげている。端的に申せば

①努力しない人、横を向く人に厳しく②部下の模範となる③「勤勉」の社風を作る④少子高齢化はチャンス⑤面接重視⑥部下育成は堅実に⑦節義と信念⑧真剣に人材を育てる⑨行動的実務型頭脳⑩諫言する人に感謝⑪正しく本業に勤しむ

⑫美的感性で心豊かに⑬日本的伝統文化(日本的価値観)を大切に致す、である。

筆者は人材教育のプロである。此処にあるのは西洋合理実証主義の対極にある〈日本的仁治〉。仁は包容力、思いやりとやさしさ、恩情と節度ある生活、他人を労る事、官僚行政の紙切り型冷淡の反対だ。

社風に沿った〝自己変革〟の指針である。つまり「日本的家族主義」「応分の報酬を得る努力」こそが人間関係を円滑にし、支え合う企業業態を永続させる御盾となる。

著者の信念は、上杉鷹山や二宮尊徳の報徳(豊かな心を身にまとう)が日本国を豊潤な国家と成す礎だと云うことだ。

媚びへつらう上辺日本人が増え、礼節が過去形となる今日「我レ何ホ成スベキカ」に目覚めて欲しい。染谷氏の著作が狂い咲き日本を覚醒出来れば有り難し。★

まことに有り難い評価である。

㈱セベル・ピコの二宮社長が「本を読ませてもらった。非常にいい内容で、社内勉強のテキストにしたい」と大量の注文。「かなり感動した。幹部に読ませたい」と旭紙工㈱の橋野社長からも大量注文。㈱タイム技研の丹羽会長は「社員だけでなく知り合いの経営者十数人にも読んでもらう」とやはり大量の注文をくださった。合掌。

 

 

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