株式会社 アイウィル

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染谷昌克の『経営管理講座』

人材育成の新聞『ヤアーッ』より

「経営管理講座 437」   染谷昌克

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経験で育てるか、教え育てるか

経験はとても価値がある。私たちを成長させ、成功に導く。落とし穴に落ちないように警告してくれる。経験だけでいい仕事ができた時代もあった。「仕事」イコール「技」の時代。経験が技を磨く。仕事環境と人の変化で、技だけで食っていける時代は、昔になった。


技は自分の目で盗め

「昔気質」(むかしかたぎ)という言葉がある。

・古くから伝わるものを、頑固に守り通そうとする気風のことや、そのさま。

この言葉を聞くと、頑固な職人が思い浮かぶ。寡黙である。黙々と物を作る。自分の腕に誇りを持っている。徒弟に技は教えない。

組織の中にも、昔気質の人がまだ少し残っている。「仕事は自分で覚えるものだ。人から教えてもらうものではない」という。

経営者の中にもこの考え方の人がいる。人は経験によって育つ。理屈などいくらいっても無駄である。現場の第一線に放り出して、汗を流して苦労させるのが一番の教育だという。

この信念に従って会社経営をしている。

六十年前はこのやり方が主流であり、どの会社もこのやり方で大きくなった。

三十年前には、このやり方が通用しなくなってきたことに気づき、OJTで仕事を教える企業が急増した。

現在ではこれらのやり方だけで、組織を大きく強くしていくのは難しい。

「習うより慣れろ」という諺がある。この諺は、真実をついた教えだといえる。

ゴルフがうまくなりたかったら、クラブを振って球を打つこと。ゴルフ場へ出かけてプレイをすることである。本を読んでも、プロのビデオを見てもゴルフの腕前はあがらない。

すべてのスポーツは練習、稽古を第一としている。同じことを繰り返し行うことによって技を覚える。手、足、体が技を自然に出せるようになるまで何千回でも練習する。

「こうすればこうなるという」知識を、頭の中にいくら詰め込んでも技は上達しない。

仕事も同じである。知っていると、できるは違う。できるようになるには繰り返し実行し、失敗し、反省し、挑戦し、ようやく「できる」合格ラインに達する。

昔気質の社長はこの「習うより慣れよ」という、真実の諺を実践してきたのである。

といえば聞こえはいいが、やはりこれは、昔(時代遅れ)なのである。

昔は職人も商人も「学問などするとロクな者にならん」と公言していた。息子がよほどの秀才でなければ、上の学校に行かせたがらなかった。

現在六十代後半以上の人の中には、進学の時に「大学など行かずに、手に職をつけろ、家業を継げ」といわれて悩んだ経験のある人もいるだろう。

一九六〇年の

高校進学率は五七・七%

大学進学率は八・二%

中学卒業生の半数近くは就職。高校卒業生の大半は就職した。

当時は若いうちから仕事に就いた人の方が腕のいい職人、商人になった。昭和の日本の高度経済成長期を引っ張り支えたのもこの世代である。

実際に大学を出て理屈だけ一人前になって仕事に身を入れない人も多くいた。だから「学問など飯の足しにならん」は的を射ているともいえた。


技だけで仕事の時代ではない

なぜこの考え方が時代遅れなのか。

当時、大半の仕事は「技」であった。今も仕事の技術は欠かせないが、当時の仕事とは技術そのものであった。

技とは本来、手を使って物事を成し遂げるという意味である。技を腕前という。腕前がいい人は細かく複雑な技を正確に行うことができる。技のない人を見習いといい、腕のいい人を熟練工という。

会社でも当時は手に道具を持って物を作った。腕のいい人は良質の物を作った。不良品は出さなかった。会社は高給を払っても惜しくはなかった。

営業でも同じことがいえた。経験を積んだ熟練者がいい仕事をした。経験不足の人は客の信用を得られず、大きい商談をまとめることができなかった。手に道具こそ持たないが、販売にも技がある。腕がいい人とよくない人の差は歴然だった。

現在は手に道具を持って行う仕事は少なくなった。機械化、マニュアル化、ロボット化、コンピューター化が進み、個人の技の出番がなくなった。

畳屋も豆腐屋も機械である。

大工は、鋸(のこぎり)を引かなくなった。今でも技一本でやっているのは、料理人の一部と伝統的な職人芸の世界くらいか。

つまり、現在は社員に技を磨かせる時代ではなくなっているのだ。

「仕事は先輩のやり方を見て自分で覚えよ。現場での経験がなにより人を育てる」という信念は空転する。

何も教えられず現場に放り出された社員は、途方に暮れ、失敗を重ね、挙げ句の果てに会社を辞めていく。

仕事の技を磨くことのみが社員の成長である時代は確実に終わったのである。

知識、学問を軽視して、現場体験を長く積めば優秀な社員が出来上がる時代ではない。どんな仕事も、人が手ですることより頭でする部分が多くなったのである。


優先すべきは教え育てること

社員に何も教えずに、客と接する第一線に放り出してみる。

昔の日本人は忍耐力も根性もあった。体力もあった。客にどなられ、上司にどなられ、「どうすればいいんですか」と聞けば「自分で考えろ」と突き放された。悔しくても、行き場がないので我慢するしかなかった。

現在の日本人は体力も精神力も弱くなっている。甘やかされてきたのでプライドだけはある。この社員に「自分で仕事を覚えよ」は通じない。

会社が教育の場になっているのが現状。社員と共に戦い勝ち続けるのならば、種々の手段でじっくり教えるしかない。

何を教えるか。

第一に、組織人としての物の見方や考え方を教える。

第二に、ビジネスマンの行動の基本を教える。

第三に、社会人としての礼節、マナーを教える。

この三点を体の芯までしみ込ませ、身につけさせる。社内で教育し、外部で教育し、本を読ませる。技術の教育より優先して繰り返し教育する。

第一線に出す前に教育し、出してからも機会を作り教育する。新入社員に限らず、中堅社員、管理職、幹部でも〝習ってから慣れさせる〟が、「知行合一」を具現化する。



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