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染谷和巳の『経営管理講座』

 

人材育成の新聞『ヤアーッ』より

 

「経営管理講座 381」   染谷和巳

 

数字の氾濫を警戒する

経営管理講座

 

数字が踊っている。数字は事実を伝える。しかし数字は自分を利する詐術に使える。数字の魔力を知る人は数字を操って人を騙す。意義のある数字と無用無価値の数字を見分ける目が必要である。連日報道されている武漢ウイルス感染者数の地区別一覧表は無意味なおかつ有害である。

 

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数字に弱い人が数字に脅える

 

新聞の東京版に毎日「都内区市別感染者数」のランキング表が載っている。

荒田は葛飾区に住んでいる。九月中旬で五百人で隣接する足立区九百五十人、江戸川区七百五十人より少ない。ここで「ほお、葛飾区はいいね、安全だ」と思うのは浅薄であろう。

人口千人当りの感染者数を見ると新宿区が七人でトップ。感染者一人だが人口三二八人の御蔵島が千人当り三人、人口六万六千人の千代田区が一・八人、人口九十四万の世田谷区が一・七人であとはほとんど千人に一人前後である。

それに感染者の大多数が治って普通の生活を送っており入院者と重症者は少数である。

この毎日のランキング表は無意味である。なおかつ意味のない数字を見せて不安を煽るので有害。ないほうがいい。荒田は最近、「まだこんなもの載せているのか。記事がないなら医師看護士の奮闘記を毎日載せるほうがいい」と思うようになった。

社会面に全国の感染者数の県別累計数と前日の新規感染者数が載っている。

感染者合計七万五千人、しかし退院、療養解除者は六万五千人を超えており感染者の実数は一万人を切っている。

感染者一万人うち重症者二七〇人だがこれも累計で今の重症者は三八人のみ。死者は一二〇〇人を超えているが一日の死者は十人前後。疫病のうちで恐怖におののく数字ではない。

数字の出し方が素朴である。

この表の隣に例年のインフルエンザの感染者数と死者数(昨年の感染者一千万人、関連死者数一万人)を対比して載せるといい。また交通事故の件数と死者数の毎日の表、ガンの罹病者数と死者数(昨年は三十万人)の表をその隣に、そして熱中症の搬送者、重症者、死者の表も備えると良い。八月後半、救急車によって搬送された人は一週間で二万二千人、入院した人五千人、重症四百人、即死二十五人、その前の一週間も同じ人数が熱中症でやられている。もはや武漢ウイルスは枯れススキである。よく見ると「何だ、何も怖がることないじゃないか」となるが「東京の感染者またも三桁の一八二人に」と言われると怖くなる。田舎の人が東京はゾンビが徘徊する汚染都市と思い「東京の人お断わり!」となる。

数字は事実を語る。多い、少ない、長い、短いという表現は人によって受けとめ方が違う。あいまいで幅がある。数字は五人、三%とそれ以上でも以下でもないので信用できる。私たちは数字を目にすると疑わずに信用するようになった。誰もが数字に明るくなった反面、数字を出されると盲目的に信じてしまうクセを身につけてしまった。

では私たちは数字に強いか。

小学校校長を務め現在高校の講師をしている辻井勝氏の手紙の一部。

「小学校の教師をしていた時、教えるのに苦労したのが、〝割合(分数とパーセント)〟です。約三分の一の子が小学五年でわからない。中学へ行って文字数の計算(文章の字数、何字詰め何行になるかの計算)などが出てきて全くお手上げです。高校の数学となると数Ⅱの平均点は十点台で0点の子もいます。数Ⅱなど社会で普通は出てこないのでいいのですが、高校生で割合がわからない子が多いのです。こうした子に二次方程式や数Ⅱは全くの無駄。私はこのような矛盾を感じながら講師の仕事をしています」。

〝朝三暮四〟の猿に聞いた。リンゴ二分の一と四分の一どっちがほしい。猿は四分の一と答えた。スイカをあげよう。一と二分の一と八分の五どっちがほしい。猿は八分の五の方をとった。割合は分数がわからないとわからない。猿なみの人が三〇%いるのだ。

経営は数字である。数字に弱い人は経営ができない。少なくとも小学校五年生レベルの算数の計算は早く正しくできなくてはならない。しかし経営は数字一辺倒でもうまく行かない。売上げ、コストや利益を第一にし、人間を軽視すると会社は傾いて行く。

 

 

 

スポーツの数字感覚で見るな

 

数字の基本は一、二、三である。一番、二番、三番。一等、二等、三等。区別差別のための便利な記号である。

分数や割合は解らなくてもこれは誰でも解る。解るから敏感に反応する。

かつて列車に一等車、二等車があり運賃が違った。差別になるからとやめた。運動会の徒競走は一等はノート、二等は鉛筆の賞品が出た。負けた人の心を傷つけるからと、賞品をやめ、一等、二等の旗まで廃止し、ついには徒競走をやめた。

優劣、順位をつけるには数字が欠かせない。スポーツや勝負事は数字で優劣を表す。一対一の格闘技はボクシング、レスリング、卓球、バドミントンなど全て得点失点で勝負を決める。個人競技は時間、距離、重量などの数字で優劣を表す。数字がなければ選手も観客も張り合いをなくすだろう。

荒田は碁会所に通っていたことがある。金町から千葉県の津田沼まで電車で一時間近くかけて週一、二度通った。

金町の徒歩十数分の所に新しい碁会所ができたのを知って行ってみた。「棋力はどれくらい、そう、じゃ、あの方と打ってみて」と席亭。打ち終わって「ありがとうございます」とお辞儀をして終わり。席亭に結果を報告すると「いや、今、あそこで打っているあの人、あの人が終わったらつぎね」こうして二局打って帰ってきた。二度と行かなかった。一年もたたないうちにその碁会所の看板はなくなっていた。

経営者養成研修の「囲碁と経営」セミナー講師山下功が関わっている津田沼の碁会所はカードと点数管理をしっかり行なっている。自己申告の棋力の点数から始める。同じ程度の点の人と対戦する。負けが続けば点がどんどん減っていく。減った点の所で勝ったり負けたりで安定するとそれが正しい棋力。何局か続けて勝つと励みになる。一時間もかけて通うのはこの点数の上下の魅力、数字のためだと思った。

私たちはスポーツやゲームで数字に慣れ親しんでいる。この〝数字感覚〟で感染者数、死者数の表を見る。何の違和感も感じない。走るだけで順位を決めない徒競争を行う小学校の教頭先生もこの表を見て一喜一憂している。表を作る人も「何人増えた、何人減った」とスポーツの数字感覚で作っている。

スポーツの数字は情け容赦〈ようしゃ〉がない。無味乾燥で冷たい。「努力している」「こんなハンデを背負っている」は話題にはなるが数字を変える力はない。野球の打率一割の打者はあくまで一割である。

このスポーツの数字は災害、病気、事故の数字とは質が違う。武漢ウイルスの感染者や死者数をスポーツの数字感覚で捉えてはならない。数字に弱い人も差別反対運動家も含めて皆が〝人間の尊厳〟という観点に立つ。そこからこの表を見るとスポーツ的興奮が消えて、何の意味も何の価値もない数字であることが解る。

 

 

安倍総理の突然の辞任を惜しむ

 

「安倍という史上最低最悪の総理大臣には即刻辞めてもらわなくてはならない。国民にウソをつき、その場しのぎの答弁を繰り返し、選挙で勝つことしか考えていない小心者のトップに腹立ちが収まりません」。

以前、高校の校長をしていたクラスメイトが一年前にくれた手紙の一節である。若い頃から朝日新聞を精読信奉してきた人である。八月二十九日の「辞任」の報に小踊りしていることだろう。

モリカケ、サクラの会、議員の汚職と蚊に刺される程度の問題に朝日新聞などは大砲でドカンドカンと金と暇を厭わず攻撃してきた。その都度千人程のアンケート調査を行い「支持率低下」を報じた。クラスメイトのような心酔者はオカルト宗教にマインドコントロールされた信者のように「そうだ、まだ続ける気か」と罵った。

直接の原因は持病の潰瘍性大腸炎の悪化だが、アンケートの数字に追い詰められストレスが高じた事実は紛れもない。

千人アンケートの数字は吹けば飛ぶような軽い数字で、参考にはなるが信用できない。朝日毎日は産経読売に比べて内閣支持率は五%低く、不支持率は五%高い。どちらが正しいかではなく信用してはならない数字なのである。

だが数字に弱い人はこれを鵜呑みにする。絶対のものだと信用する。この数字の波状攻撃が安倍総理の実績功績を曇らせ小さい瑕疵〈かし〉を巨大化させた。数字は人を騙し、一国の総理を失墜させ、社会を殺伐とさせ、人の心からゆとりとうるおいを奪う。

 

 

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