株式会社 アイウィル

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染谷昌克の『経営管理講座』

人材育成の新聞『ヤアーッ』より

「経営管理講座 453」   染谷昌克

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経営者の使命に気づく人

会社を十年、二十年と経営すれば、経営者の中には経験や判断、価値観が蓄積されていく。しかし、それは会社の財産になっているだろうか。その人がいなくなった途端に失われるものなら、まだ個人の力である。人は替わる。会社は続く。いま経営者に求められる「継承力」とは何だろうか。


社長だけが強くなる

会社を長く経営するほど、社長は強くなる。

いろいろな失敗をする。痛い目にも遭う。お客様を見る目、人を見る目も養われる。「これはいける」「これはやめた方がいい」という判断も速くなる。経験を積むほど、その判断は的確になっていく。

「社長、どうしましょう」が増えてくる。

大きな見積り、お客様との問題、社員の処遇。何か判断に迷うたび、最後はトップに答えを求める。決めてもらえば早い。間違いも少ない。いつしか、それが会社の日常になる。

ここが一つの落とし穴。

会社が強くなったのではなく、社長だけが強くなっていた。

長年かけて培った経験も、判断も、価値観も、その人の中にある。トップがいるうちは会社は動く。トップがいなくなったとき、果たして同じように動けるだろうか。

経験そのものを、人に渡すことはできない。二十年かけて身につけた勘を、「明日から同じように判断しろ」と言っても無理である。だからこそ、経験から何を学び、何を基準に判断してきたのかを残す必要がある。

会社の目的には、利益、顧客満足、地域・社会への貢献など様々ある。そのすべての前提は、企業の存続である。

人は替わる。社員も、幹部も、経営者もいつかは替わる。人が替わっても会社が続くのであれば、長い時間をかけて培われたものも、会社の中に残っていかなければならない。

何を残すのか。


判断の基準を渡す

長年取引している大口のお客様から電話が入った。

「この前納めてもらった商品なんだけど、ちょっと困っているんだよ」

調べてみると、商品の不具合というより、先方との認識の食い違いだった。契約上、こちらに明確な落ち度があるとは言えない。その日、社長は外出していた。対応した営業部長は事情を調べ、お客様に説明した。

「ご注文いただいた内容どおりに納品しておりますので、当社のミスということではないと思います」

間違った対応ではない。お客様も怒ったわけではなかった。

「そうですか……。でも、ちょっと見に来てもらえると思っていたんだけどね」

お客様は少し残念そうに電話を切った。

夕方、会社へ戻った社長がその話を聞いた。

「それで、行ったのか」

「いいえ。こちらのミスではありませんでしたので、事情を説明しました」

「なんで行かなかったんだ」

「でも社長、今回はうちの責任ではありません」

「責任があるとか、ないとかじゃないんだよ。長い付き合いのお客さんが困って電話してきたんだろう。まず行って話を聞けばいいじゃないか」

どちらが間違っているという話ではない。営業部長は「責任」を見た。社長は、長年かけて築いてきた「信用」を見た。同じ会社のことを考えながら、判断は違った。

何を大切にするかが違えば、同じ出来事を見ても判断は変わる。

普段から「お客様を大切にしろ」と言っていたかもしれない。営業部長だって、お客様を粗末にしたつもりはない。

「お客様を大切にしろ」という言葉は伝わっていた。「この会社にとって、お客様を大切にするとはどういうことか」までは伝わっていなかった。

「そんなことは言わなくても分かるだろう」そう思う経営者は多い。自分にとっての当たり前が、幹部にとっての当たり前とは限らない。

伝えたことと、継承されたことは違う。答えを教えるだけでは足りない。なぜそう判断するのか。その「決め方」まで渡す必要がある。

会社の理念や経営者の価値観は、額に入れて掲げるものではない。迷ったときの判断に現れるものである。

その想いを、一人の中で終わらせなかった企業がある。

トヨタである。

創始者の豊田佐吉が亡くなった五年後、豊田利三郎、豊田喜一郎らは佐吉の遺訓を「豊田綱領(こうりょう)」として明文化した。

人はいなくなった。想いまでなくなったわけではない。言葉となって人から人へ渡され、現在もトヨタは豊田綱領を創業以来の経営の「核」と位置づけている。

受け継いだ側も、ただ守ったのではない。佐吉の「自働化」の考えに、喜一郎は「ジャスト・イン・タイム」を加えた。それらは後のトヨタ生産方式へと発展していった。

想いを残すとは、同じことを繰り返すことではないのだ。


残すべきは未来へつなぐ力

私は、個人や組織が培ってきた知識、技術、経験、判断、価値観を、人から人へ、世代から世代へ受け継ぎ、次の時代に生かしていく力を「継承力」と呼んでいる。

創業者が何を大切にして会社をつくったのか。先代は何を守ってきたのか。今の経営者は、何を大切にして会社を経営しているのか。

それらを経営者一人の中に置いたままにしない。言葉にする。仕組みにする。日々の仕事の中で伝える。社員や幹部が自分で判断できるところまで渡していく。

継承とは、保存ではない。時代が変われば、答えも変わっていく。

何を残すのか。何を変えるのか。何を捨てるのか。何を新しく加えるのか。

受け継いだものを当代が磨く。そこに自らの経験から得たものを加え、組織に残す。次の世代は、それを土台にさらに先へ進む。

先代から当代へ。当代から組織へ。組織から次代へ。

一代ごとにゼロから始めていては、会社に時間は蓄積されない。先人が十年、二十年かけて身につけたものを次の人が受け取り、そこに新たな経験を積み重ねる。

継承とは、未来へつなぐことである。

経営者には、今の会社を強くする仕事がある。もう一つ、自分がいなくても強い会社をつくる仕事がある。

あなたは、この会社に何を残すのか。

その答えを組織へ渡す力が、「継承力」である。



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