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染谷和巳の『経営管理講座』

 

人材育成の新聞『ヤアーッ』より

 

「経営管理講座 351」   染谷和巳

 

 

不自然極まりない事

経営管理講座

 

働く人をより幸福にするために、長時間労働の是正、同一労働同一賃金、裁量労働制の対象拡大、プロやフリーランス(契約仕事人)の保護の四本柱の働き方改革法案の成立を政府は急いでいるが、これは不自然極まりなく、日本的経営をぶち壊す日本版〝毛沢東の文化大革命〟になりかねない。

 

 

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立派な死を穢〈けが〉す遺族と弁護士

 

不自然なことが多過ぎて、不自然に鈍感になっている。人は不自然な考えや行動に対して「変だな、おかしいな」と抵抗を感じるものだが、この感覚が磨耗して「変だな」と思うことが少なくなっている。

最近「変だな」と感じたこと。

「一〇二歳自殺 賠償命令 福島地裁判決 東電に一五二〇万円」の新聞記事。

福島県飯館村に住む一〇二歳の男性が原発事故の一ヵ月後、村が強制避難の対象地域になったことをテレビで見て知り、翌日前途を悲観して自宅で首を吊って自殺した。

遺族は自殺は原発事故が原因と東京電力に約六千万円の賠償を求めて訴訟。その裁判の結果が記事の見出しである。

裁判長は「避難を余儀なくされたことが自死の引き金となった」と判決理由を述べた。

一般に交通事故などで死亡した人に対する賠償は、生涯収入を算出して基準にする。二十五歳の人が定年まで勤めれば一億円、八十歳の老人の将来の収入は多く見て二千万円。一〇二歳の要介護の人は収入は見込めないから〇円。いくら元気とはいえ、仕事はできないし、食事などの日常生活も人の手を借りなければできない。

一〇二歳老人は住みなれた家を離れて新しい生活を始めることが決まった時「避難したくないな」「ちょっと長生きしすぎたな」と家族に漏らしたという。家族に今まで以上に迷惑をかけるのが目に見えている。

立派な自殺だった。

これに対して次男夫婦は約六千万円の賠償を求めて訴訟した。変な話ではないか。

第一に国と東電は「飯館村は放射能値が高いから安全な場所に避難してください」と指示した。危険を避けるための緊急避難である。もしこれに従わずその地に居続ければ命にかかわることになるかもしれない。たとえ一〇〇歳を超えていて、もうすぐ死ぬだろう人でも助けなければならない。強制避難は人命尊重の措置である。

第二に原発事故が自殺の引き金になっていることは間違いないが、生き続ける気力体力を失いつつある人が、最後の力を振り絞って自ら命を断った。家族は惜しむだろうし泣くだろう。しかしお爺さんの人生のこの締めくくり方を誇りに思うだろう。周囲の人々にも自慢できるだろう。

第三になぜ賠償金が六千万円なのか。推測だがこれはこの訴訟を担当した弁護士が決めた金額だと思う。二千万円と請求すれば五百万円になる。裁判所の決定金額は弁護士の収入に直接影響する。高く吹っかけるのはこうした打算が働いているからではないか。

第四に福島地方裁判所は自殺者の訴訟でなぜいつも遺族側の肩を持つのか。平成十四年と十五年に仮設住宅の住人が自殺して訴訟。いずれも東電が多額の賠償金を払う判決を下している。もし原告敗訴の判決を出したら、マスコミや住民のゴーゴーたる非難をあびるのが目に見えている。東電を悪者にしておけば誰も文句を言わない。裁判官は法律よりも卑俗な世論を重視しているとしか思えない。

第五に老人の見事な終焉を家族はなぜ土足で踏みにじったのか。老人は訴訟や賠償金など露ほども考えていなかった。仏になって後世が花と線香くらいあげてくれるとは思ったろうが、自分の死を一五二〇万円のお金で売った家族に断腸の思いだったろう。もしそれが解っていたら「訴訟など絶対するな」と遺言書に書いていただろう。私ならそうする。

第六に日本もアメリカに似た訴訟社会になった。刑事より損害賠償を求める民事裁判が増えている。サラ金の過払い利息の返還訴訟が一巡して、弁護士はつぎの収入源となる〝死体〟を捜している。過労死、いじめ自殺、交通事故死そして病死。弁護士にとって死体は金のなる木である。遺族に近づいて訴訟を持ちかける。遺族や死者のためでなく、弁護士の収入を獲得するためである。

 

 

 

不幸な精神障害者に救いの手

 

新聞記事を示してこの話をしていると荒田が口をはさんだ。

「探し出したようですよ、つぎのターゲット、ほら」と同じ紙面の小さい記事を指した。

「旧優生保護法の不妊手術、新たに二人訴訟検討」。東京の七十代の男性と宮城の七十代の女性が十代の時受けた強制不妊手術について国に損害賠償を求める訴訟を検討していると弁護士団体が語ったという。

優生保護法は劣悪な遺伝子を排除するために精神障害などを持つ人が子を生めなくする不妊や去勢の手術を勧める法律であり、平成八年まで行われた。

荒田は若い女性に執拗に追いかけられたことがある。

近所の十八歳の娘で小さい姪っ子の子守りや家事手伝いをしている。子供の頃病気で高熱を発し脳が煮えてしまったらしい。話ができないし人の言うことが理解できない。読み書きできないから学校に行かれない。知能は「犬より少しまし」な程度だと言う。

頭は変わらないが体は大きくなる。年頃になると胸がふくらみ女らしい曲線ができる。そして男を求めるようになる。

日曜日の昼、荒田がいるか家を覗きに来る。夕方、食事中に窓から覗く。朝、出勤時に待ち伏せして色目をつかう。

色気のある白痴美の娘である。三十近い世帯持ちの男ではなくもっと若いのを追えばいいのにと荒田は思う。

しばらくして娘が不妊手術を受けたと聞いた。

「おばあさんがずっと育ててきたんだけど、よく決断したね。おばあさんはエライと思う」と荒田の妻が言う。

またしばらくして娘が隣町の商店のやはり精神障害の男性と結婚したと聞いた。

「ウチは代代精神病はいません。あの子は病気であんなになってしまいました。ですから子を生んでも変な子ではなく普通の子ができるはずです。ですが、あの子は子供を育てることができません。そんな女をまともな人はもらってくれないでしょう。盛りがついちゃって目を離せばすぐおなかをふくらませてしまうでしょう。それなら同じ境遇の嫁の来手のない人と早く妻わせてしまったほうがいいと思いまして」とおばあさんが妻に語り、それを荒田は又聞きした。

その時、優生保護法という法律を知った。

「国民は国憲を重んじ国法に従いだから、当時はその法の下に不妊手術が行われた。何も問題はない。本人の了解なく、本人の意志に反してと言うが、本人が社会人としてまともな判断ができる状態でないから親などが決めたのだ。こんな訴訟がまかり通るなら、戦争中徴兵制で強制的に兵隊にされた人皆が国に損害賠償を求める事態になる」と荒田は口をとがらせてまくしたてた。

裁判官だけでなく代議士や知事にも〝人権派〟は多い。おそらく今まで幸せとはいえない人生を送ってきた〝被害者〟の訴えに賛同するに違いない。

 

 

 

働き方改革はどこへ行くのか

 

荒田は「別の話ですがやはり変だと思っていることがある」と話した。

五年前、学力低下が著しいので〝ゆとり教育〟が廃止された。今ようやく教科書が厚くなり、授業時間が長くなり学校は以前の正常な形をとり戻しつつある。

ところがそれに懲りることなく、今度は政府と厚労省は〝ゆとり労働〟の法制化に本腰を入れている。来年はすばらしい法律が施行される運びである。

働き方改革の柱の一つに「裁量労働制の対象拡大」がある。

裁量制労働とは誰が作ったか知らないがむずかしい言葉である。簡単に言えば時間労働ではない成果労働である。

工場や事務所に行って決められた時間仕事をする〝勤め人〟の範疇〈はんちゅう〉に入らない仕事をしている人、たとえば弁護士、公認会計士、コピーライター、記者、編集者などのこと。

独立してやっている人は労働時間は自己管理だから対象外。会社や官公庁や団体に勤めている成果労働者が対象である。

定額の月給をもらっているが成果のみを問われる。残業代はない。仕事が込んでいれば徹夜もするが、手がすいていれば出勤退社時間は自由である。

こうした成果労働者の中にたとえば売上げのノルマを持つ営業マンなどを含めるべしというのが「裁量労働制の対象拡大」である。「営業マンも経営者も成果のみ問われる労働者である。これは会社が判断することで国家が規制するのは不自然」と荒田は言った。

 

 

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