アイウィル 社員教育 研修日程

 

染谷和巳の『経営管理講座』

 

人材育成の新聞『ヤアーッ』より

 

「経営管理講座 359」   染谷和巳

 

空気に逆らえば滅びる

経営管理講座

 

落度がない部下をいじめる、静かに注意すればいいことを罵倒して部下を傷つける。こうした上司はパワハラで罰せられて当然。しかし厳しく叱られたというだけで、また上から目線で高圧的に言われたというだけで「パワハラだ」と訴えるのは違う。この「違う!」の声が届かなくなった。

 

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生き延びるための変節も醜い

 

私たちは信念を貫く姿に美を感じる。苦難に直面しても初志貫徹して乗り越える人を尊敬する。乗り越えられずに力尽きてしまう人に涙を流す。小説や映画の大半がこの〝日本的美意識〟を柱にして成り立っている。

その反対に、安易な妥協、変節、転向を私たちは醜いものとして軽蔑する。

昭和二十年(一九四五)の敗戦の日まで、新聞は戦意高揚の社説を掲げ、小説を連載し、大本営発表の虚報を流していた。敗戦直後も連合軍の占領政策を批判する記事を書いた。GHQ(連合軍総司令部)がそれを咎め、「そんな記事を書くなら新聞の発行を禁止するぞ」と言うと新聞はその日から押し黙り、翌日から「全て日本が悪くアメリカが正しい」記事を書き始めた。

GHQは〝東京裁判〟で、平和に対する罪、人道に対する罪で〝戦争犯罪者〟に続続と死刑判決を下し始めた。

移動手段がないので捕虜を長距離歩かせた。アメリカのメディアが「バターン死の行進」と報じると移動を管理監督した指揮官の大半を死刑にした。

インドネシアという植民地を日本のせいで失ったオランダは捕虜を殴った、捕虜の食事が粗末だったと「捕虜虐待罪」で二百数十名の指揮官クラスを死刑にした。

日本、フィリピン、インドネシアその他で、生きていれば戦後の日本の復興の担い手となった優秀な若い人が千人以上、戦争犯罪者の汚名の元に処刑された。

新聞やラジオは同調して政治家や軍の指導者層を〝国民を不幸にした悪人〟と報道した。

戦争を応援し、勝つことを願っていた国民は「お前たちは被害者だ」と言われて、駐留するアメリカ軍に尻尾を振った。

新聞などメディアだけでなく大学教授など知識人と言われる人も、初めは口をつぐみ、しばらくして「日本が悪かった」という反省を弁じ始めた。

アメリカが共産主義者を優遇しているのを知ると、戦前は小さくなっていたマルクス経済学者が威勢をとり戻し、どこの大学もマルクスでなければ学問でないと、教授も学生もそこへなびいた。

あの敗戦の日を境に日本人は上から下まで見事に変節転向した。

「本土決戦、一億玉砕」の決意でゲリラやテロで決死の抵抗をしてくると予想していたアメリカ軍は、あまりにも静かで無抵抗にニコニコ笑っている日本人に、逆に不気味を感じたと言っていた。

敗戦後沈黙した人も少なくない。軍人兵隊の多くは〝過去〟を家族にも語らなかった。過去の善悪を語らないことによって日本的美意識を守ろうとした。

座右の書「勤勉の哲学」の著者山本七平は昭和二十年に砲兵少尉だったが、フィリピン・マニラの捕虜収容所に収監され、昭和二十二年(一九四七)日本に帰国。昭和三十五年、三十五歳の時出版社山本書店を創立、主として聖書学関係の書籍を出版した。

戦争体験について聞かれても自ら語ることはなかった。

山本七平が沈黙を破って「私の中の日本軍」を出したのは昭和五十年(一九七五)、敗戦から三十年たってからである。その後堰を切ったようにつぎつぎと戦争に関わる本を出している。

戦前と戦後、正反対の発言をした人を変節者という。その人の過去を知る人は「よくもまあ、イケシャアシャアと、恥知らずめ」と思う。「日本軍が悪かった」と言う人が変節者。そう思っても言わない人、書かない人が美しい日本人。そして山本七平のように感情的に「日本が悪い、日本はダメ」と叫ぶのではなく、自分の個人の体験を客観的に冷静に記述して、読者の判断を仰ぐ知識人は数少ない偉人であろう。

露骨な心変わり、保身のための白から黒への転向は汚く醜い。武士道の美学に反する。

 

 

パワハラの空気には勝てない

 

「どういうことだ」と電話があった。新潟の中堅リフォーム会社K社のF社長からである。

先月号の「恐るべしパワハラ風」を読んですぐ電話をしてきた。

アイウィルの研修を百人近い社員が受けている。あなたの考え方に共鳴し、賛同し、経営上の判断決定の拠り所にしている。

それがパワハラが恐いからソフトな研修に変えるとはどういうことだ。今まで自分は「部下を厳しく指導せよ。パワハラと言われてもたじろぐな。責任はすべて俺がとる」と言ってきた。それがあなたの教えであったはずだ。そのとおり行ってうまくいってきた。人材も育っている。それを百八十度変えてゆるくてやさしい研修にすると言う。教育に対する信念をそんなに簡単に変えていいのか、という疑問と批判の電話であった。

私はこう答えた。

「F社長、今回のパワハラの風は今までとは違います。風ならいくら強くても立ち向かいます。千葉にS社という会社がありますが、S会長も『パワハラは全部私のところへ持って来い。私が全責任を持って戦う』と同じことを言っていました。

しかし二年前からこの風が〝空気〟になってしまったのです。日本人はこの空気には逆らわない。逆らえない。逆らえば一〇〇%敗北です」

「そうか、空気がなけりゃ死んじゃうからな」とF社長。

「そこに書いてあるとおり、今の研修はそのまま続けます。いずれ『パワハラ研修だ』とマナイタの上にのせられるでしょう。今もう既に研修に出ろと言われた社員が『こんなパワハラ研修には行きません』と堂堂と断るケースが増えています。多くの社長がそれを認めて参加を控えています。以前は新規のお客様が年間三〇?四〇社ありました。今年一年間では十五社しかありません。経営者が背を向けてしまっているんです」

「うーん、それは困るな。うちも零細企業だから空気には逆らえないな。よし! 今、休日を増やすかどうか懸案になっているが増やすことに決めた」とF社長。

「幸い、パワハラのニオイもしない、午前九時から午後四時まで、月一回、年間十二回で修了する有言実行研修が二年前にできまして、これが好評で救われています。さきほどのS社様はパートや準社員まで入れて八班(一班十?十五名)でやってくれています」

「ほお、いや、うちもそれ検討しよう」とF社長。

F社長だけでなく「恐るべしパワハラ風」を読んで、アイウィルを支持してくれているお客様の中には「何だ、変節漢め、卑怯者!」と思った方もいるだろう。

敗戦後、愛国者から社会主義者にクルッと転向した知識人と変わらないじゃないかと軽蔑する方もいるだろう。

今年の六月、創立三十周年記念の内輪の家族パーティーを東京のSホテル(ここも有言実行研修を採用実施中)で行った。

赤ん坊から小学生中学生、社会人になった子供、配偶者と、社員の家族が参加してくれた。欠席の子や父母等を加えると優に百名を越える。ウーム、こんなにいるんだ。零細企業でも経営者の責任は大きく重いと感じた。

パワハラと言われない研修を新しく作るしか会社が生きる道はない。それは舟が方向を変えるほど容易ではない。人を変え人を成長させる研修でなければお客様は支持してくれないからである。

 

 

空気はこれからまだ濃くなる

 

指導者が〝指導できない〟時代が来た。「相手のいいところを認めなさい、ほめなさい。それで十分です。相手の欠点を指摘したり叱ったりしてはなりません。それは必ず心を傷つけ、相手の人格を損ないます」こう言って生あたたかい〝空気〟がにっこり笑う。この教えに従わなければパワハラで処刑だ。

社員の怠慢、反抗、狼藉、不遜、命令拒否、報告なし、規則違反…。上司はこれらを放任せよと言う。

何ごとも話し合いと相談で進めなさいと言う。

会社の上司も、生徒の意見を尊重する小中学校の教師を見習いなさい。そうすればパワハラにはなりませんよと言う。

空気の威力は絶大である。

労働基準監督署や労働局の相談コーナーにパワハラの相談を持ち込む人が並ぶ。職員は会社から会社へ指導に駆け回る。

役人が権力を振り回して民間を支配する暗い時代がやってくる。

この空気はいつ変わるか。まだできたばかりなので当分は続く。

仕事をしない社員、仕事ができない社員ばかりの会社が増え、潰れ、不景気が長引き、国力の低下が誰が見ても明らかになった時、ようやく空気が薄くなる。学校のゆとり教育が子供の学力低下と精神の弱化を招いたと人々が認めた時に方針を変えたように─。

 

 

経営管理講座291で紹介された書籍