アイウィル 社員教育 研修日程

染谷和巳の『経営管理講座』

 

人材育成の新聞『ヤアーッ』より

 

「経営管理講座 342」   染谷和巳

 

 

完璧より拙速で行く

経営管理講座

 

政治も経営も拙速主義で行われている。決断とは欠点に目をつぶり、危険があるのを承知で実行に移すことである。これに対し欠点を大げさに言い立てて実行を中止させようとする人がいる。この人は経営ができない。仕事もできない。自分が皆の足を引っ張る厄介な人だという自覚もない。

 

 

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経営者にも原発恐い病患者が

 

この四月に亡くなった渡部昇一氏は原発再稼働推進論者だった。

「交通事故で年間約五千人が死亡している。一時自動車は“走る凶器”と言われた。メーカーは安全に注力し、ドライバーも安全運転を心掛けるが事故はなくならない。だからといって“自動車廃止”の声は聞こえてこない。原子力発電所も人間が作った機械である。絶対安全ではない。福島のような事故はまた起こりうる。だが原発の経済面、地球環境保護面でのメリットは大きい。今止まっている原発を早急に動かすべし」。

渡部氏はこうした論調で話し書いていた。毎月十数万部出している有名な雑誌Cが氏の論文を掲載した。反響は大きかった。

社員教育用に毎月百冊年間契約していた会社がいきなり「購読中止」を言ってきた。「原発賛成の雑誌は使えない。Cがこんな考えと知って驚いた」とその会社の幹部は言ったそうだ。

C出版の主幹も原発賛成派だが(だから渡部氏の論文を巻頭に載せた)「この会社だけじゃないですよ。年間契約の継続を依頼しても断られるケースが随分ありました。私は主義主張を変える気はありませんが、経営者層までが“原発恐い病”の重症患者になっているのを知りました」と淡々と語っていた。

現在、遅々としてではあるが一基また一基と原発が再稼働を果たしている。賛成派は胸をなでおろし、反対派は歯がみして阻止活動を一段と過激に行っている。

福島原発事故の後、国民の「安心安全」を求める声が高まり、その声は日本の空のかなたまで鳴り響いた。

平成二十三年(二〇一一)五月、民主党の菅総理は中部電力の浜岡原発を停止させた。

当時の静岡県知事川勝平太氏は「歴史的快挙」と言って菅の決断をほめたたえた。

国民の原発反対の声が天をゆるがす大音響になっている。それを見て菅は一層の支持を得ようと原発を停止してみせ、川勝はそれに拍手してみせた。

この事件の後、日本の原発は全基運転を停止した。電気の供給は旧来の火力発電に回帰し、太陽光や風力などクリーンエネルギーを標榜する電力生産に舵を切った。一般家庭の電気料は五年前の一・五倍に上昇しており、石油の値が上がれば今後さらに高くなるのは間違いない。

最盛時日本の原発は建設中、点検中を含めて四十四基あり、約二十基が稼働、電力の二五%を供給していた。それが一気にゼロになった。

民主党政権が倒れ自民党安倍内閣が誕生。安倍総理は当初から原発再稼働を政策の優先事項の一つに挙げていた。

安倍総理は電力会社に停止を要請した菅のようなやり方はしなかった。というよりできなかった。反対の風が強くて舟を出せなかった。急進的な反対活動家は力で押さえこむことができても、原発恐い病に患っている普通の人たちの風に逆らって進むことはできない。

風が弱まるのを待つしかない。停電の恐れと電気料金の値上がりと火力発電による空気の汚れや環境破壊…それに世界の各国が原発をどんどん作っている。原発を廃止したドイツは電気料が高騰して社会問題になっている。さらにドイツは電気が足りなくてフランスからフランスの原発で作った電気を買っている。こうした知識や情報が風向きを変え、少しずつ風を弱めるだろう。

平成二十三年の全基停止後、「安全確認」の調査に合格して初めて再稼働を果たしたのは九州電力の川内〈せんだい〉原発。時は平成二十七年八月、丸四年後のことだった。

原発による電力供給を五十%にというのが国策だった。二十五%のところで事故。今後調査に合格して全原発が稼働しても原発電力は全電力の十八%しかいかないと言われている。恐怖が国の進む道を誤らせた。

 

 

 

安全安心は魅力ある言葉だが

 

中央卸市場の豊洲への移転は、築地市場の老朽化とスペース不足の解決策として立案された。建設がほぼ完了した豊洲を見に行った。外から見ただけだが、広々としていて建物も立派である。ここで人々が忙しく働く風景を思い描いた。

昭和十年、日本橋の魚河岸が手狭になったため築地に新市場を開設した。八十年がたっている。市場内の道路は狭く、デコボコになっており、建物も古い。仕事を終えて人がいなくなるとネズミの天下。市場からネズミを退治するだけでも莫大な手間暇と経費がかかる。また市場を一切壊してビルを建てるとなると、その間仕事ができない。移転は常識に叶っている。

決定していた豊洲移転は地下室の水溜まりのせいで頓挫した。

水に有毒物質(といってもその毒性は人間が毎日何十年間も飲み続ければ体を壊すというレベルのもので、タバコの煙の毒性の千分の一程度だろう)が含まれているから移転に反対の声があがり、その声が日に日に大きくなった。その反対の声に乗って「延期」したのが小池東京都知事である。

専門家は「豊洲移転問題なし」と発表した。地面はコンクリートで密閉されており、毒を含む地下水は人が飲むわけではないし、食品を洗ったり漬けたりするわけでもない。下水にそのまま流すので、魚や野菜に触れることはない。新市場は安全であると専門家は太鼓判を押した。

にもかかわらず小池氏はさらなる調査委員会を作って“精査”を続けた。築地の土壌を調べたところいろいろな毒物が検出された。にもかかわらず小池氏は豊洲移転のゴーサインを出さず、築地の建て直し案を検討させている。

自民党都連の高島幹事長が言っている。

「豊洲では一日五〇〇万円の維持費が発生し、市場業者への補償費は年間では一〇〇億円とも言われる。小池百合子知事の『賢い支出』の観点からも、無駄遣いをしないために早期移転が必要だ」(産経新聞五月二十三日)。

もっとズバリ激しく非難し攻撃すればいいのに、言説は歯切れが悪く、やや腰が引けている。都議選では小池新党が自民党に正面から敵対するのが目に見えているのに、正面から対決していない。

これに対し同じ産経新聞(五月二十九日)の一面コラムで小池氏はオリンピックの経費分担について書き、「輝き続ける東京」「世界一安全な都市」の実現を目指して「都民の安全・安心は、希望と活力が大前提となる。命・財産がしっかりと守られ、その安心感が活気とにぎわいを生み出す」と宣誓文を書いている。

豊洲移転という喫緊の問題には一言も触れず、首筋がかゆくなるような美辞麗句を並べている。

私もその一人だが、小池氏の政治手腕に首をかしげる人が増えてきている。おそらく今年末頃には、あの民主党政権の凋落と同じように“輝ける都知事”は都民の信を失っているだろう。

七月二日の都議選までは、小池氏は「やっぱり豊洲にします」と言えない。言えば人は「今までの大騒ぎは何だったのだ。都知事のウケ狙いのパフォーマンスだったのか。約一年間の一三〇億円の経費、関係者の疲労と人心の荒廃は小池が決断しないから発生したのではないか」と思い離れていく。

小池氏は第七代東京市長後藤新平のような「未来を構想する大胆な政策」を断行する政治家にはなれない。民意に迎合するポピュリストの一人に過ぎない(この一文は六月十七日に書いている。その後“結果”が出るかもしれないが、どんな結果が出ても現都知事に対する私の不信感は消えない)。

あの民主党政権の鳩山、菅の愚劣を半年に渡ってこの欄で非難し続けた。後になって「君の言う通りだった」と経営者に言われた。その成功体験をもう一度味わなくて済めばいいのだが…。

 

 

 

経営も管理も六十点の拙速で

 

私も都知事選では小池氏に投票した。間違っていたと今は思う。

近藤建氏が「一〇〇%の安全(ゼロリスク)を求める愚」と題して「一切の危険を除去しようと血眼になる人」の稚拙を嘆いている。

経営者は判断決定が仕事だが、全くキズのない、全く欠点のない課題など一つもない。百点満点で六十点なら実行に移す。欠点をなくしてからなどと言っていれば前に進めない。社長が決めなければ社員は動けない。会社は潰れる。

誰にでも欠点がある。自然はつねに危険を孕んでいる。人が作ったものは全て欠点がありパーフェクトの安全はどこにもない。

人々の安全安心を希求する声に指導者は右往左往し“危機管理の徹底”を計っているが、近藤氏が言うように「オロカ」なことだ。

六十点合格の拙速主義で行こう。

 

 

 

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