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染谷和巳の『経営管理講座』

 

人材育成の新聞『ヤアーッ』より

 

「経営管理講座 344」   染谷和巳

 

 

弱者優遇の行く末は

経営管理講座

 

税金の多くが福祉と生活保護などの弱者救済に投じられている。選挙の候補者は弱者優遇を実現しますと訴えて票にしている。いいことである。会社が頑張り、いい政治が行われ国が豊かだからできるのだが、この道をこのまま行けば強い人、有能な人、貢献する人が全くいなくなってしまう。

 

 

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人間扱いされなかった無宿人

 

吉村昭を読みあさっているついでに、その妻津村節子の「海鳴〈うみなり〉」を読んだ(津村は昭和四十年芥川賞受賞。夫婦の収入は逆転。吉村は「津村節子の夫」と紹介された。幸い昭和四十三年新潮社から出た「戦艦武蔵」がベストセラーになり、ヒモ生活は三年で終わった。以後年月がたつうちに夫婦は対等の作家になり、現在津村は「吉村昭の妻」と形容されている。本屋の棚に吉村の文庫本はズラリと並んでいるが、津村のは皆無でこの本は古本屋でやっと見つけた)。

「海鳴」は佐渡の金山の深い坑〈あな〉の底に溜まる地下水を桶に汲んで地上へ運び上げる〝水替人夫〟の直吉と、金山景気に涌く金山町の歓楽街の女郎はなの悲惨な一生を書いた小説。

小説ではあるが津村は雑誌連載時、毎月のように佐渡を訪れ、現地を見、資料を集め、郷土の歴史研究家や古老の話を聞いた。金山労働者や坑内の描写、またはなが働く町の料理屋の様子は、当時を彷彿とさせる現実味があり、読者を引き込む。

貧困の極みにあるばかりか、奴隷さながらに身柄を拘束されており、年季明けといった未来は全く期待できない。二十歳前後の男と女がその環境から逃げ出すこともできず、心身ぼろぼろになり、海鳴りのする崖から身を投げて心中する…。

社会の最下層の労働者が雇用主から一人前の人間として扱われない不幸を書いた作品の一つである。小林多喜二の「蟹工船〈かにこうせん〉」を代表とするプロレタリア文学の流れに入る。

現在政府が推進している労働時間の短縮や同一労働同一賃金といった〝働き方改革〟は、こうした弱い立場の労働者の地位と生活を国策によって向上させるのが目的である。

この発想の源は「人間皆平等、一切の差別を許さない、認めない」の民主主義(社会主義に近い)にある。ここから男女雇用機会均等法(昭和五十九年)、男女共同参画社会基本法(平成十一年)が制定され一定の成果をあげた。今度はそれぞれの会社によって異なるそれぞれの労働の時間と仕事の質量、賃金、さらに組織の上下関係の格差まで法の網をかぶせて均一化平等化をはかろうとしている。

〝安い給料でこき使われる〟労働者には有難い話である。直吉やはなも江戸時代ではなく現代ならもう少しましな人生を送ることができたに違いない。

税金を払う人が増えれば国は豊かになる。財政が豊かになればそれを安全と平和に投入できるし、貧しい人を救うこともできる。現在の日本は富める国、豊かな国でこれを文字通り行うことができている世界でも稀な国である。

しかしこんな『働かなくても食える』極楽のような国になったのはここ四十年ほど前からで、それ以前はどの時代もお金が足りず、安全は保障されず貧しい人の救済もできなかった。

江戸時代、治安はよかったが、その治安は武力と厳罰主義で人を恐れ従わせて得たものだった。また仕事のない貧しい人を救う思想がなかったしお金もなかった。

衣食住にはお金がいる。お金がなければ橋の下で寝て、むしろを着て物乞いするしかない。人のものを盗むしかない。直吉はこうした状況に置かれていた。地方の貧しい農家の次男坊以下はみなこうした状況下にあり、実家では食わせてもらえないので職を求めて都市へ出る。職人の技術もないので仕事がない。このような無宿人が町にあふれ、風紀を乱し、治安を乱していた。

国は〝住みよい社会〟を守るため、直吉のような無宿の若者を集めて佐渡金山へ送った──。

 

 

 

現在の弱者優遇国に至る歴史

 

国(会社もそうだが)は左右に揺れる野次郎兵衛のバランスに神経を使っている。

今から百余年前、増え続ける人口(人の口と書くのは言いえて妙である)を食わせるため日本は欧米に追随して植民地を獲得した。中国各地に租界〈そかい〉(自治権を持つ居留地)を設け、また満州国を設立し延べ百万人の軍人、民間人を移住させた。

日本の属国満州国は昭和七年(一九三二)建国、昭和二十年(一九四五)春までの十三年間、日本の余剰人口の健全な受け皿として十分機能した。

昭和二十年の敗戦により海外の権益地を全て失い、樺太や北方四島など従来の領土まで奪われ、そうした地に居た人二百万人が全て本土に戻ってきた。しかし、アメリカ軍、ソ連軍による残虐な攻撃により兵隊はもとより民間人も含めて三百万人以上が死亡し、人口増加には至らなかった。海外進出と戦争が余剰人口問題を解決した。一時的に──。減少した分は戦後すぐ増加に転ずる…。

余談だが昭和二十二年から二十四年にかけて、まだアメリカに占領されている状態で、収入は少なく食い物も不十分な中で〝ベビーブーム〟が起き、明るいニュースになったが、あれは戦時中の「生めよ増やせよ」の国策によるものではない。夫婦の〝自由意志〟で起きたブームである。

アフリカなどの貧困国では今でも毎年世界ダントツの人口増加を記録している。

生活もできないのに子供を生むのは、灯りといえば月の光くらいの暗い家で夜は寝るしかない。長い夜の眠りにつくまでの時間、夫婦がするのはどこも同じ。避妊にかけるお金はない。それで子供がじゃんじゃんできて、ユニセフがテレビで「餓死寸前のかわいそうな子等に月三千円の寄付をお願いします」のコマーシャルを流す。

敗戦後の日本も特に東京などの大都市は食べ物がなく近郊農家に米などを分けてもらって飢えをしのいでいた。夜の電灯はまばらで街は暗く、夜中まで働く人はいたが、今のように夜中まで遊ぶ人はいなかった。

「腹が減っては戦ができぬ」というが、他に何の楽しみもない夫婦にとっては腹が減っていても〝夫婦のイトナミ〟は唯一の快楽、そこに残余のエネルギーを投入した。これが団塊の世代といわれるベビーブームの原因である。

やがて道路などのインフラの整備とビル、住宅の建設ブームが起き、頭脳も技術も縁故も持たない軍隊帰りのまじめな人の多くが〝土方〟になった。この現場労働者の働きで廃墟は甦っていく。

土方は二五四(ニコヨン)と呼ばれた。建設業者に対して土方の日給は最低二五四円を支払えと国が命じた(この最低賃金指定は以来ずっと続いており、今年度は時給八四八円[日給ではない]に決まるようである)。現在の〝働き方改革〟のはしりである。また現在の〝弱者保護政策〟の出発点でもあった。

建設労働者の雇用主は、仕事があるだけで有難いと思っている土方の賃金を勝手に決めた。あくどい業者は一日一〇〇円しか払わず、イヤなら辞めろ、代わりはいくらでもいると言った。

労働三法により労働組合が結成され、繊維などの大企業の従業員はストライキによって〝労働者の権利〟を手に入れた。それに比べ、労働組合の組合員にもなれない日雇いの土方は佐渡金山の水替人夫直吉ほどではないが最下層の弱者だった。

日本の弱者は他国の弱者より格段に恵まれている。低所得者、老人、子供、障害者などを社会的弱者というが、日本はホームレスでも病気になれば救急車で運ばれ、病院のベッドで死ぬことができる。こんなに弱者にやさしい国は他にない。

 

 

 

弱者に優しいはいいことだが

 

労力不足のためベトナムやタイの若者を社員に採用している会社が増えている。評判がいい。

よく働く、素直である、明るい、積極的建設的で意識が高い。精神も体も強い。約束を守る。誠実である…。昔の日本人が備えていた美質を後進諸国の青年が持っている。それに比べ日本人社員は──と社長は言う。

それはそうだ。日本では個人は強くなくても生きていける。福祉国家であり弱者保護大国である。将来は学校も無償化する。国民が働かなくても生きられる国を目指しているようだ。

働き方改革の残業過労死ライン八〇時間。まさに〝病気ではないが健康とはいえない人〟にピントを合わせたルールである。

生徒が自殺すると「いじめは」とくる。先生が殴ると「暴力教師!体罰は許されない」となる。最近識者が「年間二万人の若者の自殺は日本の国力低下の一因である。自殺者をなくそう」と珍説を披露していた。

もやしを日向〈ひなた〉に置けばしなびる。もやしを救え、太陽が悪い、太陽をなくせ!弱者優遇の行き着く先は国家の衰えどころではない。地球上の人類の滅亡である。

 

 

 

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